第9話 スタンピード 第一部 迫る災厄
続きです。
地鳴りが、さらに大きくなる。
ドン。
ドン。
ドン。
一定のリズムで響く足音が、大地を震わせていた。
城壁の上では弓兵たちが一斉に弓を構え、魔導士たちは魔法陣を展開する。
騎士団も城門前へ整列し、槍を地面へ突き立てた。
「全員、配置につけ!」
隊長の怒号が響く。
ゆうきも防衛部隊の列へ加わると、緊張した面持ちで城門の外を見つめた。
視界いっぱいに広がる魔物の群れ。
先頭を走るボアが土煙を巻き上げ、その後ろをディア、ゴブリンが続く。
さらに後方ではオークたちが統率された動きで前進していた。
「普通の群れじゃない……。」
思わず漏らした声に、隣のバルドが頷く。
「ああ。あれを見ろ。」
視線の先には、数体のオークが群れへ指示を出すように腕を振っている姿があった。
「ジェネラル級だ。」
「キングがいる群れには、あいつらもいる。」
「勝手に突っ込むな。まずは目の前の敵を止めることだけ考えろ。」
ゆうきは小さく息を吸い、剣の柄を握り直した。
「来るぞ!」
城壁の上から声が飛ぶ。
「第一陣、接敵!」
次の瞬間だった。
ヒュンッ——。
無数の矢が空を覆う。
雨のように降り注いだ矢は、先頭を走るボアやディアへ突き刺さり、何体もの魔物がその場へ倒れ込んだ。
間髪入れず、城壁の上から魔法が放たれる。
「《ファイアランス》!」
「《ストーンバレット》!」
炎と岩石が群れへ降り注ぎ、爆発が連続して起きる。
それでも。
魔物たちは止まらない。
倒れた仲間を踏み越え、次々と街へ向かって突進してくる。
「なんだあの数……。」
ゆうきは思わず息を呑んだ。
昨日戦ったフォレストウルフとは比べものにならない。
一体倒して終わる戦いではない。
押し寄せる波を止め続けなければならない戦いだった。
「城門前、迎撃開始!」
騎士団が一斉に駆け出す。
重装の騎士たちが盾を並べ、ボアの突進を真正面から受け止めた。
鈍い衝撃音が響き渡る。
その横を、冒険者たちが駆け抜けていく。
「俺たちも行くぞ!」
バルドの号令で、防衛部隊が前へ飛び出した。
ゆうきも地面を蹴る。
魔力を足へ流し込み、一気に加速する。
最初に飛び込んできたのは、一体のゴブリンだった。
棍棒を振り上げ、甲高い叫び声を上げる。
ゆうきは慌てない。
半歩踏み込み、剣を振る。
一閃。
ゴブリンはその場へ崩れ落ちた。
間髪入れず、二体目。
三体目。
昨日までなら、一体倒すだけで精一杯だった。
けれど今は違う。
剣を振るたびに、自分の動きが洗練されているのが分かる。
「いい動きだ!」
バルドがオークを押し返しながら叫ぶ。
「そのまま前を見るな! 横も見ろ!」
「はい!」
返事と同時に視線を広げる。
困っている仲間はいないか。
押されている場所はないか。
自然と周囲を見る余裕が生まれていた。
その時だった。
ズゥン……。
空気そのものが重く沈んだ。
胸の奥を掴まれるような圧迫感。
膝が震える。
呼吸が浅くなる。
「な、なんだ……。」
周囲の新人冒険者たちが顔を青ざめさせ、その場へ膝をつく。
「う、動けない……。」
「怖い……。」
「来るな……来るなぁ……!」
武器を落とす者まで現れ始めた。
バルドが歯を食いしばる。
「始まったか……!」
「キングロアだ!」
遠く。
魔物の群れのさらに奥で、一際大きな影がゆっくりと歩みを進めている。
その姿はまだはっきりとは見えない。
それでも。
存在するだけで戦場全体へ恐怖を撒き散らしていた。
ゆうきは震える手を強く握り締める。
怖い。
それでも。
逃げるわけにはいかなかった。
約束がある。
街を守るために戦う仲間がいる。
そして——
「終わったら、焼きたてのパン食べよ。」
笑いながらそう言った少女が、今もどこかで一人、王と向き合っている。
「……負けられない。」
ゆうきは剣を握り直し、迫り来る魔物の群れを真正面から見据えた。
「前を押し返せ!」
騎士団長の怒号が戦場へ響く。
城壁の上からは絶え間なく矢と魔法が降り注ぐ。
それでも魔物の数は減らない。
「右が押されてる!」
「回れ!」
冒険者たちが次々と持ち場を変え、崩れかけた防衛線を立て直していく。
ゆうきもバルドと共に前線を駆けた。
飛び掛かってきたゴブリンを斬り伏せ、そのままオークの横薙ぎを紙一重でかわす。
「硬い……!」
剣が食い込んでも、致命傷には届かない。
すぐさま二撃目を振ろうとした瞬間、横から槍が突き出され、オークの胸を貫いた。
「大丈夫か!」
騎士が叫ぶ。
「ありがとうございます!」
礼を返す間もなく、次の敵が迫る。
一人では勝てない。
だが、一人で戦っているわけでもない。
騎士が守り、冒険者が仕留める。
魔導士が援護し、治療師が傷を癒やす。
それぞれが役割を果たすことで、防衛線は辛うじて維持されていた。
「これが……」
剣を構え直しながら呟く。
「スタンピード……。」
その時だった。
空気が震えるほどの爆発音が響いた。
ドォォォンッ――!!
誰もが思わず空を見上げる。
遠く離れた戦場。
巨大な火柱が天高く立ち昇っていた。
「あれは……。」
「アムネジアさんだ!」
誰かが叫ぶ。
次の瞬間には巨大な水流が空を駆け、炎を飲み込む。
かと思えば今度は無数の岩槍が地面から突き出し、雷鳴が轟く。
「属性が……。」
若い魔導士が呆然と呟く。
「次々と変わってる……。」
「あり得ない……。」
普通なら、一人が得意とする属性は一つ、多くても二つ。
それ以上を高い精度で扱える者はほとんどいない。
ましてや。
上級魔法を属性ごとに切り替えながら連続で放つなど、聞いたこともなかった。
「あれが……。」
バルドが目を細める。
「Sランクだ。」
ゆうきはその光景から目を離せなかった。
炎。
水。
風。
土。
雷。
戦場の状況に応じて、必要な魔法だけが放たれている。
敵を焼き払い。
崩れそうな城壁を土魔法で補強し。
負傷した冒険者の元へ柔らかな光が降り注ぐ。
「あの距離で……。」
思わず息を呑む。
オーガキングと戦っているはずなのに、街全体へ魔法を飛ばしている。
まるで戦場そのものを見渡しているようだった。
「何見惚れてる!」
バルドの声で我に返る。
目の前では二体のオークが剣を振り上げていた。
「来るぞ!」
ゆうきは魔力を足へ流し、一気に踏み込む。
一体目の懐へ潜り込み、腹部を斬り上げる。
体勢を崩したところへ、バルドの斧が振り下ろされた。
「あと一体!」
もう一体のオークが棍棒を振り回す。
重い。
受け止めきれない。
そう判断した瞬間、後ろへ飛び退く。
その判断は正しかった。
棍棒が地面を砕き、石が飛び散る。
「焦るな……。」
深く息を吸う。
相手の動きを見る。
力任せ。
振りは大きい。
なら。
一撃目をかわし、二撃目が来る前に入る。
頭の中で組み立てた通りに体を動かす。
踏み込み。
斬撃。
振り抜く。
オークの腕が大きく弾かれた。
「今だ!」
バルドが飛び込み、とどめを刺す。
「いい判断だった!」
肩を叩かれ、ゆうきはようやく息をついた。
その時だった。
「報告!」
城壁の上から兵士が叫ぶ。
「西側防衛線!」
「オークジェネラルを確認!」
戦場の空気が再び張り詰める。
キング直属。
群れを率いる指揮官。
本当の激戦は、まだ始まったばかりだった。




