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あの時間をもう一度  作者: ゆうき
第一章 始まりの再会

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第8話 冒険者の朝 後編

少し歩くと、小さな川が見えてきた。


透き通った水が、石の上をさらさらと流れている。


「ここで少し休もうか。」


アムネは川辺へ腰を下ろし、手ですくった水を口に含んだ。


「冷たくて気持ちいい。」


ゆうきも隣へしゃがみ込み、水へ手を入れる。


ひんやりとした感触が火照った体を冷ましてくれた。


「森って静かだな。」


「うん。」


川の流れる音に耳を傾けながら、小さく頷く。


「こういう時間、結構好き。」


しばらく二人とも言葉を交わさなかった。


気まずいわけじゃない。


沈黙が苦にならない。


それだけで十分だった。


やがてアムネが立ち上がる。


「よし。」


「そろそろ続き行こっか。」


薬草を探しながら森を歩いていると、木の上から木の実が落ちてきた。


ぽとり、と足元へ転がる。


「あ。」


拾い上げると、嬉しそうに笑う。


「これ甘いやつ。」


「また食べ物か。」


「森って宝の山だよ?」


そう言って半分に割ると、一つをゆうきへ差し出した。


「はい。」


「いいのか?」


「一人で食べても美味しいけど、半分この方がもっと美味しい。」


そこまで言われると断れない。


一口かじる。


優しい甘さが口いっぱいに広がった。


「……美味しい。」


「でしょ?」


自分のことのように嬉しそうだった。


「昨日はあんまり周りを見る余裕なかったけど。」


木々を見上げながら歩く。


「あそこに実がなってたり、食べられる山菜があったりするんだ。」


「全部覚えてるのか?」


「全部じゃないよ。」


少し笑う。


「でも、旅してると自然に覚えちゃう。」


その横顔を見ながら思う。


知識だけじゃない。


実際に歩いて、見て、触れてきたからこその言葉だった。


「ゆうき。」


「ん?」


「せっかく異世界に来たんだからさ。」


振り返って笑う。


「強くなることも大事だけど、景色もいっぱい見た方がいいよ。」


「美味しいもの食べたり、綺麗な場所見たり。」


「そういう思い出も、旅の楽しさだから。」


その言葉は、不思議と胸へ残った。


強くならなきゃ。


生き残らなきゃ。


昨日からそんなことばかり考えていた。


でも。


旅は、それだけじゃない。


「……そうだな。」


ゆうきは空を見上げる。


木漏れ日の向こうには、青く澄んだ空が広がっていた。


「俺、この世界のこと何も知らないから。」


「これから教えてくれるか?」


アムネは少しだけ目を丸くしたあと、柔らかく笑う。


「もちろん。」


「その代わり。」


「美味しいお店見つけたら一緒に行こうね。」


「また食べ物か。」


「大事だから。」


真面目な顔で言い切る姿に、思わず笑ってしまう。


その笑い声につられて、アムネも「……ハハ。」と静かに笑った。


穏やかな時間だった。


昨日の恐怖が嘘だったかのように、森には鳥のさえずりが響いている。


薬草の入った袋も少しずつ重くなり、依頼も順調だった。


そんな時だった。


アムネがふと足を止める。


「どうした?」


「……静か。」


さっきまで聞こえていた鳥の声が、いつの間にか消えていた。


吹き抜ける風だけが、木々を揺らしている。


「何かいる。」


その声は小さかったが、昨日までの柔らかな空気とは少し違っていた。


ゆうきも剣へ手を添える。


森は再び、静かな緊張に包まれていった。


風が木々を揺らす音だけが森を流れていく。


「何かいる?」


「いる。」


短く答える。


「たぶん、昨日のホーンラビットとは違う。」


ゆうきは無意識に剣の柄を握り直した。


草むらがゆっくりと揺れる。


姿を現したのは、一頭の灰色の狼だった。


肩までの高さはゆうきの腰ほど。


鋭い牙を覗かせながら、低く唸っている。


「フォレストウルフ……。」


アムネが小さく呟く。


「Dランク。」


「一人で倒せる相手か?」


「昨日のゆうきなら止めてた。」


その一言で、ゆうきは苦笑する。


「今日は?」


「見てから決める。」


剣を抜く。


昨日までの自分なら、この威圧感だけで足がすくんでいただろう。


けれど今は違う。


怖くないわけじゃない。


それでも、一歩踏み出せる。


フォレストウルフが一気に距離を詰める。


速い。


ゆうきは慌てず魔力を足へ流し込んだ。


昨日より自然に体が動く。


横へ半歩。


爪が頬をかすめる。


その勢いのまま剣を振るうが、狼は素早く身を翻して距離を取った。


「やっぱり速いな。」


「焦らない。」


アムネの声が飛ぶ。


「追いかけないで。相手に動かせる。」


ゆうきは深呼吸を一つ。


構え直す。


フォレストウルフは円を描くように周囲を歩き、隙を探している。


なら。


先に動かせばいい。


少しだけ剣先を下げる。


わざと隙を見せると、狼は迷わず飛び込んできた。


「そこだ!」


踏み込みと同時に剣を振り上げる。


ガキンッ。


爪と剣がぶつかり、火花が散る。


重い。


昨日のホーンラビットとは比べものにならない。


押し負けそうになる腕へ、さらに魔力を流す。


体勢を崩した狼が着地する。


その一瞬。


「今。」


アムネの短い声。


ゆうきは迷わず踏み込んだ。


一閃。


剣が狼の首元を捉える。


フォレストウルフは数歩よろめき、そのまま静かに倒れた。


森に静寂が戻る。


「はぁ……。」


息を整えながら剣を納める。


「どうだった?」


アムネが歩み寄る。


「昨日よりは、ちゃんと戦えた気がする。」


「うん。」


満足そうに頷く。


「無駄に追いかけなかったし、ちゃんと相手を見てた。」


「途中、助けようか迷ったけど。」


「まだ大丈夫そうだったから見てた。」


「先生みたいだな。」


そう言うと、「……ハハ。」と小さく笑う。


「今日は引率だから。」


二人でフォレストウルフを解体する。


「毛皮は防寒具になるし、牙も素材として売れるよ。」


「肉は?」


「もちろん食べられる。」


即答だった。


「そこは期待を裏切らないな。」


「せっかくいただいた命だから。」


フォレストウルフの素材を収納し終えると、アムネは周囲を見回した。


「これで終わりかな。」


耳を澄ませる。


さっきまで張り詰めていた空気は消え、遠くから鳥の鳴き声が戻ってきていた。


「大丈夫そう。」


その一言で、ゆうきもようやく肩の力を抜く。


剣を鞘へ納めると、大きく息を吐いた。


「昨日より疲れた。」


「相手が強かったからね。」


「でも。」


少しだけ嬉しそうに笑う。


「ちゃんと勝てた。」


ゆうきも頷く。


「一人だったら焦ってたと思う。」


「隣で落ち着いて見てくれてたから、冷静になれた。」


その言葉に、アムネは照れくさそうに視線を逸らした。


「うちはほとんど何もしてないよ。」


「声を掛けただけ。」


「その一言が大きかった。」


素直にそう返されると、少し困ったように笑う。


「……ハハ。」


「ありがと。」


その笑顔はどこか柔らかく、年相応の少女そのものだった。


森を歩きながら、二人は依頼書を確認する。


採取した薬草も、討伐証明も問題ない。


「全部揃ってる。」


「これなら追加で寄り道しても平気かな。」


「寄り道?」


「せっかくここまで来たし。」


アムネは少し先を指差した。


「あっちに湖があるんだ。」


「湖?」


「うん。森の中じゃ結構有名な場所。」


「水がすごく綺麗でね。」


「時間がある時、たまに行くんだ。」


ゆうきは空を見上げる。


日はまだ高い。


急ぐ理由もない。


「じゃあ、少しだけ。」


「ほんと?」


ぱっと表情が明るくなる。


「じゃあ案内する。」


歩くこと十分ほど。


木々が開けた先に、小さな湖が姿を現した。


澄み切った水面は鏡のように空を映している。


風が吹くたび、小さな波紋が広がっていった。


「……すごいな。」


思わず言葉が漏れる。


街からそれほど離れていないとは思えないほど静かな場所だった。


「ここ好きなんだ。」


湖畔へ腰を下ろす。


「何も考えたくない時とか。」


「魔法のこと考えたい時とか。」


「よく来る。」


ゆうきも隣へ腰を下ろした。


言葉はない。


必要もなかった。


湖を眺めているだけで、不思議と心が落ち着いていく。


「異世界って。」


ぽつりとゆうきが呟く。


「もっと毎日命懸けだと思ってた。」


「そういう日もあるよ。」


アムネは水面を見つめたまま答える。


「でも。」


「こういう日もある。」


「依頼を受けて。」


「ご飯食べて。」


「景色見て。」


「笑って帰る。」


「その繰り返し。」


「だから続けられるんだと思う。」


その言葉が胸に残る。


強くなることばかり考えていた。


けれど、本当に大切なのは、その途中にある何気ない時間なのかもしれない。


「うちはね。」


少しだけ空を見上げる。


「明日も同じ景色が見られるって、結構幸せだと思う。」


ゆうきもつられて空を見る。


青空の向こうを、一羽の鳥がゆっくり飛んでいく。


「……そうだな。」


短く答えると、アムネは満足そうに頷いた。


「さて。」


立ち上がって服についた草を払う。


「そろそろ帰ろっか。」


「夕方になると閉門しちゃうし。」


「了解。」


二人は街への道を歩き始める。


他愛もない話をしながら。


森で見つけた花のこと。


今日倒したフォレストウルフのこと。


夕飯は何を食べようかという話。


そのどれもが特別ではない。


それでも、その時間は確かに心地よかった。


街の城壁が見えた頃、ゆうきは小さく笑う。


異世界へ来てからまだ日は浅い。


それでも、一つだけ確かなことがあった。


この世界は、怖いだけじゃない。


強くなるためだけの世界でもない。


誰かと笑いながら歩く、そんな当たり前の日々もちゃんとある。


その当たり前を守れる冒険者になりたい。


夕暮れに染まる街を見つめながら、ゆうきは静かにそう思った。


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