第9話 魅惑の肉料理
昼になり、サミュエルは待ち合わせ場所だったビストロ・グツグツ亭の前に来ていた。古き良き時代の建築を思わせる石造りの店のドアを開ける。ビストロを名乗っている割にかなりお上品なレストランだったが、そのようなことサミュエルは知る由もなかった。
「いらっしゃいませ。お客様は……ミュくんでいらっしゃいますか?」
「ああ、そうだ」
「お連れ様はお先にお見えです。こちらにご案内いたします」
なぜこのような初対面の若造にまで”ミュくん”扱いされなければならないのかと疑問に思いながらも、サミュエルは大人しく給仕についていった。
店の奥まった場所にある、6人掛けの大きなテーブルに通される。
「あっ、ミュくん、こっちこっち!」
その席でアンジェラが手を振っていた。見ると、テーブルにはすでにアンジェラの他3人の見知らぬ男女が腰を下ろしていた。
「じゃ、紹介するね。この人がミュくん、わたしの護衛ね。話した通りイケメンっしょ!」
イケメンと聞いて、三人の目の色が変わった気がした。サミュエルは少し背筋がゾッとする。
「で、そっちが叔父で大工のガンテツ、あっちが従姉でお針子のナオミ、でこっちが従兄のジョセフ改め、ジョセフィーヌ」
いとことか叔父ということは、みんなあの小娘の親族ということか。確かに目の前の三人は、小娘アンジェラに負けず劣らず、尋常ではない個性的な雰囲気を醸し出していた。
「わしが天才大工のガンテツぢゃ。ガンテツなだけに頑固一徹だと思うだろ? それがそうでもないのだよ、ガハハハハっ。よろしく頼むぞ、ミュくんよ! ガハハハハっ」
ガンテツはオーガもびっくりのムキムキマッチョで、頭は淋しいが髭はボーボーのおじさんだった。いきなりのミュくん呼びはここでも健在だった……。
「ナオミです。裁縫スキルSSS所持を自認しております。ミュくんの服装はわたくしにお任せを。すでに神の啓示がわたくしに下っていますので。オーメンッ!」
ナオミは落ち着いた深緑のメイド服を着ていた。黒髪が美しい娘だが、瞬き一つせず、まるで表情を変えることなく自己紹介をする。そして、安定のミュくん呼びだった。
「うふんっ、あたしはジョセフィーヌよ。何を隠そう、あたしこの街にレストランを3軒も経営しちゃっているのよぉ。期待し・て・ねっ。ミュくんは何を食べたいのかしら? もしや、あたしー!? いやーんっ」
今回、島に連れ帰る人材の中でも本命ともいえるジョセフィーヌは、4年前までジョセフだったらしい。サミュエルはそのことが意味するところがいまいちわからなかった。が、どっからどうみても男なのに、女性の服を着ていることだけはわかった。
なぜ、この男が女の振りをしているのか疑問だっが、内心では、「お前が男であることはバレているぞ!」と思っていた。もちろん、彼、いや彼女も当然のミュくん呼びである。
「お、俺はサミュエルだ。アンの護衛をしている。よろしく頼む」
さて、お待ちかね、昼食の時間である。先ほどから信じられないぐらい濃厚な香りが、サミュエルの鼻孔をくすぐり続けているのだ。これは、いまだかつてないほどの大魔王級料理が登場する予感だ……!
まず運ばれてきたのは新鮮なサラダだった。サミュエルは少し拍子抜けをした。まさか、このザ・葉っぱな見た目の植物を食うのかと。バカにするな、俺は草食動物じゃないぞ! と叫びたくなる。が、人間は雑食なのだろう。やむを得ずサラダを口にする。
「んっ? んん!? こ、これは……!」
たかが葉っぱの癖に、なんとも言えないシャキシャキな食感。そしてその葉にかけられたオレンジ色の汁が絶妙な酸味と旨味を醸し出しているではないか。たかが葉っぱごときをこれほどまでに魅力的な存在に仕立て上げてしまうとは、人間とは実に恐るべき種族だ……。祖父は、人間との付き合い方を完全に間違えたのだと身に染みて感じた。
そして、ついにこの店の大人気メニューにして、本日のメインディッシュである、ビーフシチューとバゲットが運ばれてきた。
(これだ、これだ! この匂いだ!! ああ、なんて芳醇な香りなんだ……)
見ると真っ白な皿には茶色く変色したゴロっとした肉の塊が4つほど乗っていて、濃いブラウンのソースがたっぷりとかけられている。皿の端には、付け合わせの野菜が彩を添えているものの、見たところ、意外とシンプルな料理のようだ。
サミュエルにとって、肉といえば生肉である。生臭く、固く、血の味がする、そんな食べ物だ。これまでの魔族生における彼の主食でもある。それが料理という人間だけが駆使できる、いわば魔法――いや、奇跡の力によって、今彼の目の前に全く異なった姿で登場したのだ。
サミュエルはごくりと唾を飲み込む。アンジェラたちがそうしているようにナイフとフォークを手に持ち、まずは肉に向かってフォークを刺した。フォークはいとも簡単にスッと刺さる。同じくナイフも、何の力をこめなくても、肉は自ら二つに分かれてくれた。何たる柔らかさだろうか!
焦る気持ちを抑え、ゆっくりとフォークを口に近づける。
「!!!!」
(ちょ、ちょっと待て! なんだこの食感は! まるで口の中でとろけるようだぞ! これは本当に肉なのか? まるで生臭さもない。だが何とも言えないまろやかさと濃厚さがハーモニーを奏でている。ありえない、このようなことがあってはならない!)
サミュエルは我を忘れてビーフシチューにむさぼりついた。
「ミュくん、パンもどうぞ。ほかほかのほうがおいしいよ」
アンジェラに声をかけられてようやく我に返る。そういえば、肉と共に白い物体も運ばれてきていたなと思い出す。
このバゲットがこれまたおいしい。ほかほかのフワフワではないか! 肉にかかっていた濃いブラウンの汁ともよく合う。たこ焼きもそうだが、何をどうすれば、このような自然界にはそのままでは存在しない食感を人間は編み出せると言うのか。
サミュエルはうまい食事に舌鼓を打ちながらも、人間の文化レベルの高さに対して、半端ない敗北感に打ちのめされていた。




