第8話 初めてのお買い物――たこ焼きしか勝たん! が、ミックスジュースも捨てがたい……!
「ミュくん!」
「今度は何だ?」
もうお前の行動には何も驚かないと思っても、その一歩も二歩も上をいって驚かせてくるアンジェラ。
「仲間になった竜に名前を付けてあげようと思うんだけど、何がいいかな?」
自らに従属している魔物に名前を付けるという発想がなかったサミュエル。サミュエルに限らず、魔族というのは、本当に高位のごく一部の者しか名前を持たない。
名前のない者は、魔族たちにとっては「あれ」や「それ」といった、いくらでも替えが利く低位な存在でしかないのだ。
「好きにすればいいんじゃないのか? なんせあのワイバーンはお前の仲間なんだろ?」
「だねー! じゃあ、リュくんにしよう!」
「…………一つ確認するが、俺はミュくんなんだよな? なんだか紛らわしいな」
「え、そう? ま、細かいことは気にしない! 気にしない!」
「ところでさ、せっかくリュくんを仲間にして、輸送力が格段に上がったからにはさ、もっと生活を便利にしたいよね? ほら、衣食住っていうじゃん。食べるだけじゃなくて、このボロ城とか着るものとかも、もっとパワーアップさせたほうがいいと思うんだよね」
「そうか?」
「だいたいさ、ミュくん、イケメンなんだから、絶対にもっとおしゃれしたほうがいいよー! もったいなさすぎー!」
サミュエルは、魔王の孫だけあって恵まれた容姿をしていた。スラっと背が高く、銀糸のように美しい長髪、切れ長の瞳は金色に輝いていた。だが、着るものに関しては、まったくの無頓着で、せっかくの美貌が台無しだった。
それ以上に、かなりヨレッとしてところどころほころびのある、くすんだベージュのシャツを着ただけの彼の格好は、「俺、超貧乏人です!」と宣伝しているかのようだった。
「まあ、俺はよくわからんから、そのあたりのことはお前に任せる」
とにかく、今サミュエルにとって最重要事項は、たこ焼きを始めとするおいしいものを食べることだった。それ以外のことは深く考えないようにしていたのだ。特にこの奇妙奇天烈な娘といると、いちいち細かいことは気にしていられなかった。
こうして、ワイバーンを使ってあっという間に町に戻った二人。今回、魔王城へ連れ帰るのは、料理が得意な従兄と、大工とお針子とのことだった。全員、アンジェラにはあてがあるらしく、お昼はビーフシチューで有名なビストロ・グツグツ亭で待ち合わせということになった。
「ミュくん、屋台で食べ過ぎないでね! お昼はビーフシチューだかんね!」
「あ、ああ、わかった」
サミュエルはアンジェラからお金を渡されると、早速市場へと向かった。この機会にたこ焼きだけでなく、おいしいものをいろいろ探してみようと考えていたのだ。
「おや、この前のハンサムなお兄さん、またたこ焼き食べるかい? って、あんたは金を持ってないんだっけ」
「ふふふふっ、確かに昨日までの俺は金を持っていなかった。だが、今は違う! 一ついただこうではないか! い、いくらだろうか?」
「銅貨五枚だよ」
サミュエルは得意気に銅貨を五枚差し出した。
たこ焼き屋の女将さんはそれをぞんざいに受け取る。そして、引き換えにたこ焼きの乗った木舟をサミュエルに差し出した。サミュエルは、それを両手で大事そうに受け取った。
彼は生まれてはじめての買い物に、たった今、成功したのだ!
感無量だった。自分で稼いだお金を差し出し、対価として欲しいものを手に入れる。ただ奪うだけの魔族とはまったく異なる。
(素晴らしい! 素晴らしすぎるぞ! 人間はなんとも美しいシステムを作り上げたことか! これがあれば、無駄な血を流す必要もないではないか)
サミュエルは広場のベンチに腰掛けると、恋焦がれたたこ焼きを堪能していた。やはり何度食べても感動的な旨さだ。
あっという間にたこ焼きを平らげたサミュエルは、次なる獲物を物色し始めた。この街の広場前には二十軒近い屋台が並んでいて、どの店も実においしそうな香りを漂わせているのだ。
ふと、一軒の屋台が目に留まった。なんとその店の軒先には、昨日、彼がアンジェラとともにとってきたようなフルーツが並んでいたのだ。サミュエルがフルーツをじっと見ていると、店主の女性と目が合う。彼女は恥ずかしそうに微笑むと声をかけてきた。
「カッコいいお兄さん、うちのミックスジュースはいかがかしら?」
「ミックスジュースとは何だ?」
店員の女性は若干がっかりしたような表情をした。この人、顔はめっちゃカッコいいのに、服装は残念で、さらにミックスジュースも知らない田舎者なわけ……? と。
だが、お姉さんは丁寧に説明をしてあげる。サミュエルは少しだけ迷った。食材は彼の住む島にいくらでもあるからだ。しかし、今この場でその食材の最適な活かし方を知ることも、この先の彼のQOLを向上させるためには必要なのではないかと。
「よし、一杯いただこうではないか」
「銅貨三枚になります」
お姉さんは、マンゴー、グァバ、パイナップルなどのフルーツの皮をむくと丁寧に潰し、ザルで濾して差し出した。昨日のバナナもそうだったが、フルーツは皮をむくのだ! 魔族にはまずできない繊細な発想である。
(しかも、潰して混ぜるのか!? だから、ミックス! おお!)
サミュエルは恐る恐る、だがある種の確信をもってグラスに口をつけた。
(うおおおおおお! 甘い、甘い、甘いぞーー!! しかも、甘さの中にほどよい酸味もあり、これはクセになる食べ物、いや、飲み物だ!)
ミックスジュースが食道を通過していった後にも口の中にほのかに残る甘さの余韻が何とも言えない。魔王の島にいれば、この銅貨三枚の価値を持つミックスジュースが飲み放題なのだ!
「ああ、旨い……すごく、旨い……!」
サミュエルは感動のあまり、天を仰いだ。
お姉さんは若干引いていた。「そりゃ、うちのミックスジュースはおいしいですが」と思っているものの、ここまで露骨に感動している男を見るのは初めてだからだ。
「お、お気に召していただけたようで何よりです……」
サミュエルは沸き上がる興奮を胸に秘めたまま、いや秘めきれないまま、屋台から漂ってくる強烈な誘惑に後ろ髪を引かれながらも、広場を後にした。
(待っていろ、ビーフシチューとやら! お前もたこ焼きのように俺の心と腹を満たしてくれよ)
未知の味との出会いを求めて、サミュエルは約束の地へと向かうのであった。




