第25話 新通貨の単位は「ミュ」
ネタバレをするまでもないが、サミュエルたちが口にしたグミは、クモ味――チョコバナナ風味だった。
ちなみに、足音を立てずにサミュエルの元までやってきたアンジェラたちは、その時、チーター獣人・ニャオンのくしゃみエキス入りグミ――オレンジ風味を食べていたそうな……。加工されているとはいえ、男のくしゃみエキス入りのグミなど食べたくないと思うサミュエル。
とりあえず、お腹が空いたので、先ほど捕らえた暴走ヤクを1頭解体して食べようということになった。
ベムは手際よく暴走ヤクを解体すると、その一部を切ってスパイスをまぶして焼き、ステーキにした。残りの暴走ヤクは一つなぎにして、本拠地である魔王城までポンポコタンが連れ帰ることになった。
嵐も止んだ。一行は再び、ドワーフを探して山岳地帯を進んでいた。
この辺りの景色は絶景だ。秘境というのはこういう場所のことを言うのだろう。山間には時々、氷河湖が見える。湖では釣りができる。このメンバーの中に釣り名人はいないが、それでもアユ、イワナ、マスといった淡水魚を釣ることができたこともあり、食料には全く困らなかった。
また、更に進んでいくと雄大な滝がある。
「いやー、まさに絶景だねぇ! ね、ミュくん、試しに飛び込んでみてよ!」
「嫌だ」
「即答だねぇ。でも、水の中にミュくんの好きなタコさんがいるかもしれないよぉ」
「田舎者だと思ってバカにするな。俺だってタコが海の生き物であることぐらい知っている」
「ちっ、引っかからんかったか……」
「…………」
サミュエルは泳げないこともないだろうが、今まで100年以上生きてきた中で、明らかに泳いだという記憶がないのだ。魔王城の近くにある川や池は水深がそれほど深くない。だから、水に入っても泳ぐ必要がなかったのだ。
だが、目の前の滝つぼは、かなり水深がありそうだ。
「そうだ。あの魔女たちに魚味のグミでも作らせたらいいんじゃないか? それを食べて、お前が飛び込めばいいじゃないか」
「ミュくん! こんなかわゆい乙女に滝つぼに飛び込めと!? 鬼ですか! 悪魔ですか!」
(いや、どちらかというと魔王だな……最も、俺自身は孫に過ぎないが)
結局、滝つぼに飛び込むのはやめて、いつものようにワイバーンとジャンボイーグルで先に進んだ。
それなりにこの山岳地帯を捜索しているのだが、ドワーフたちの住処のヒントが見つけられずにいた。
今度こそ、と思ってもほとんどがモンスターの巣なのだ。お陰で、暴走ヤクに引き続き、身体の色を変幻自在に変えられるレインボーカメレオンや、モフモフの毛皮が取れるスマートアルバカも大量にゲットすることができた。
昼間は移動して、夜は適当な洞窟や岩陰で休む日々が1週間ほど続いた。
「うわーん、さすがに広いお風呂に入って、ベッドで寝たいよぅ! だって女の子だもん」
美しいものの、あまり変わり映えのしない景色とモンスターとの格闘の日々に疲れたのか、珍しくアンジェラが音を上げた。
「ならば、ドワーフは諦めて戻るか?」
「うぅ……ミュくんが腕枕してくれるならば、わたし頑張る!」
「いやいや、頑張らんでもいいから、戻ろう」
「だべな。一度戻るべさ。おいらもジョセフィーヌのつくるストラコット・ディ・マンゾ(牛肉の煮込み)が恋しいだよ」
ベムは、ベムのくせに随分とおしゃれな名前の食べ物を好むようだ。だが、そう言われてみると、サミュエルもたこ焼きが恋しい。それに、少し前に口にしたチョコバナナ風味のグミが忘れられずにいた。今度こそ、伝説の真のチョコバナナを食べるのだ!
ということで、一行は朝が来たら、最後に捕まえたスマートアルバカを連れて一度本拠地に戻ることにした。
スマートアルバカは小柄であり背に乗ることはできないものの、意外と移動速度は速い。しかも、山岳地帯になれているためか、どんな地形でもものともせずに進んでくれる。
おかげで、その日の夕方には魔王城に戻ることができた。
この1週間、留守にしていた間にも、魔王城とその城下町は随分と進化していた。
まずは、ジョセフィーヌのレストラン2軒とトムのカフェ&バーが開業していた。いつの間に連れてきたのか、レストラン従業員の人間も増えた。それに伴い、トムたち三兄弟が作ったり獲ったりした生鮮食品を売っているスーパーマーケットやナオミが作った寝具や衣類などの日用品などを扱うホームセンターまで開店していた。
また、あの二人の魔女たちは、魔力適性の高い数名の獣人たちを自らの手下として使役していた。そして、怪しげなドリンクやらグミやらが次々と生産され、薬と共に販売する薬局までオープンしていた。
こうしてこの島で最低限生活できてしまう基盤が整えられていたのだ。こうなると、もはやここはいっちょ前の町といえた。
店ができたとなると、次に必要になってくるのが、通貨である。
ジョセフィーヌとナオミが、経済という観念のない獣人やコボルトたちにその重要性を説いて聞かせた。お金でモノが買える、そしてそのお金を生み出すのは労働であるというのはサミュエルもすでに知っていたのだが、この小さな島の、魔王城周辺の地域だけとはいえ、独自の通貨を導入するというのは、サミュエルにとっても胸が高鳴る思いだった。
「うっし! じゃあ、お金の単位を決めようー! 何か意見のある人は?」
自称リーダーのアンジェラが提案する。
「はあーい、あたしは『ミュ』がいいと思うわ」
「わたくしもその案に大賛成です!」
「おお、ええのぉ、『ミュ』は萌え萌えぢゃよ」
「おらたちも異議なしだっぺ!」
「んだんだ!」
なんと、通貨の単位に「ミュ」がいいなどというふざけた意見を女装男のジョセフィーヌが提案すると、ナオミ、ガンテツ、トムたちが大賛成してしまう。
「ちょ、ちょっと待て。皆は俺のことをミュくんと呼ぶではないか。金の単位もミュだと紛らわしくないだろうか?」
「別に、何の問題もないべ」
「ええ、そうですよ。あなたはミュくんでお金はただのミュですから。まったく紛らわしくないと思いますが」
「ミュくん、ミュが気に入らないというのであれば、代案をお願いしまーす」
「だ、代案と言われても……」
サミュエルの知っている言葉などそう多くはない。今思いつくのはたこ焼きとかタコとかその程度で、紛らわしさでいったら『ミュ』とは比較にならないぐらいずっと格上だ。
「……ミュで構わないと、思う」
サミュエルは民主主義には敵わないとつくづく思った。こういうのを数の暴力というのだろう。
「では、他の意見もないようですので、賛成の方は拍手を持って承認をお願いしまーす」
当然のことながら大きな拍手が巻き起こる。サミュエル以外の者、すべてが嬉しそうに拍手をしていた。
こうして、魔王城アイランドの共通通貨は、「ミュ」で統一されることになった。




