第23話 命懸けの茶会
口説きテクがまだまだ全然足りていないと評価されてしまったサミュエル。このままではたこ焼き屋の魔王城下町への出店は夢のまた夢となってしまう。
「ミュくん、気を取り直して、先にドワーフを仲間にしに行こう!」
「そうねぇ、ドワーフの中には恋愛の達人がいて、愛についてミュくんにしっかり教えてくれるかもしれないわ」
サミュエルたち一行は、ワイバーンやジャンボイーグルに乗り、空から南――ドワーフが住むとされている山岳地帯を目指す。今度は、ハム家の長男、ベムが同行した。ベムはポムがそうしたように、上空から地図を描きながら移動した。
また、新たに仲間になった獣人やコボルトたちも同行を希望してきたので、彼らの代表も連れていくことにした。これには、島のもともとの住人たちがすでに仲間になっていると知れば、ドワーフたちもすんなり力を貸してくれるに違いないという打算もあった。
南の山岳地帯に差し掛かると、急に天候が激変する。空気が冷たくなり、嵐がやってきたのだ。こうなると、ジャンボイーグルでは先に進めない。一行は、天候が回復するのを岩陰で待った。
「すげえな、同じ島なのに、ここは俺たちが住んでるところとはまるで違うぜ」
同行したモフオがモフモフのしっぽをブンブン振りながら感心する。
「んだなー。これほど自然環境が過酷なところに住もうと思うとは、大したもんだべさ」
「逆に言うと、それだけ安全ということだろう。外敵も簡単には侵入できないのだから」
サミュエルは冷静に分析する。もし自分が何かから隠れ住もうとするならば、明らかにここを選ぶだろう。もっとも、今は隠れ住むことよりもおいしい食べ物が優先なのだが。
「うおおおお! お宝発見の機運をビンビン感じちゃいますよー!」
確かに、アンジェラの言うようにお宝はあるかもしれない。それだけドワーフの技術力というのはあなどれないからだ。そんな彼らが外から来た人間に手を貸すだろうか。旨い飯を食べたことがなかったがゆえに、簡単に胃袋をつかまれてしまったコボルトや獣人たち、そしてサミュエルとは違うのだ。アンジェラは一体ドワーフをどう説得するというのだろうか。
サミュエルは、吹き荒れる嵐のように、この先のことを思うと穏やかではない心境だった。
「ドワーフたちを見つけたとして、彼らを説得する勝算はあるのか?」
「ほえっ? ショウさんじゃなくて、わたしはアンさんだからねっ。そろそろ覚えて、ミュくん! うぉーー、やっぱりモフオのしっぽは最高じゃんかよー! 連れてきてよかったー!」
「大将が喜んでくれてなによりだ! しっかし、さみいなぁ……」
サミュエルの不安は増すばかりだった。
「こげなときは、ココアを飲むべ」
「おーいいね! さすがはベムっち」
ベムはヤギの乳を温めると、怪しげな黒っぽい粉を溶かし入れた。しばらくすると甘いいい香りが漂ってくる。
「うおおおお! うっまそーー!」
モフオが興奮して叫ぶ。
「あっ、でもさ、犬とか猫ってチョコ系ダメなんじゃなかったっけ? 食べたらグロイことになって死ぬんじゃなかったっけ?」
アンジェラはオオカミ獣人のモフオに、タヌキ獣人のポンポコタンとコボルトのコボちゃん14号改め、セボを見た。セボはかなり怯えていた。
「大将、問題ねえ。俺は犬でも猫でもねえ、オオカミ獣人だぜ! それにこいつもタヌキじゃねえ、タヌキ獣人だ!」
バカなのか何なのか、モフオは随分と命知らずのようだ。
「んじゃ、死んだら自己責任ってことで、飲んでみよー!」
「よっしゃー!」
「いやいやいや、お前たちもう少しよく考えろ! なぜ、犬や猫が食べると死ぬのかの理屈を調べてからにすべきだろう!」
サミュエルは一応全力で止めた。目の前で旨い食べ物によって大惨事が引き起こされる様を見たくはなかったからだ。
「ミュくんってば真面目だなぁ」
「いやいや、お前たちのほうこそもっと真面目になれ! 命に係わる問題なんだぞ!」
「んー、おいらの予想では多分、大丈夫だべ。動物にはカカオに含まれるある成分が毒で、身体にたまっちまうだが、人間は大丈夫だからな。獣人ってことは人間だべ?」
「ま、それに、もしモフオたちがやばくなったら、ここにヴィクトリア製作の新薬があります!」
「ほう、どのような薬なんだ?」
「名付けて、『悪魔に召されし魂の回帰――デッドデトックス』です。要するに万能毒消し薬だね」
「……そういうものがあるならば、最初からそう言ってくれ」
「てへっ」
モフオは命知らずなのでごくごくと、ポンポコタンはフーフーしながら割と普通に、セボは若干恐る恐るちびちびとココアを口にした。
「う、うめえええええええ!」
「おいしい! おいしいです!」
「はあ、なんだこの、体の中から何かが沸き上がってくるような感じはああああ!」
「おれっちもだ、兄貴ぃぃぃぃ! ああ、なんか兄貴がいつもよりも男前に見えますッッ!」
「僕も、僕もでえええええす! 今ならば嵐にも負ける気がしませんっっ!」
「そんなに美味いのか?」
三人が毒に当たらないか心配で見守っていたサミュエルも、生まれて初めての温かココアを口にする。
(!! こ、これは! 確かに、安らぎさえ感じる甘さでありながらも、心の奥底から温まるだけでなく、脳まで痺れそうなぐらいに熱く燃え上がるパッションが! 美味!)
ココアとは、美味しいだけでなく、落ち着くのに頭が冴え渡り、身体が熱くなるような不思議な感覚を覚える悪魔的な誘惑に満ちた飲み物だった。
「これは、もはや薬といっても過言ではないな……」
「ミュくんの言う通りだぁ。薬っていうのは、あながち間違ってねえべ」
やはり人間は恐ろしい。薬を兼ねた食べ物まで開発してしまうのだから。しかも、動物が食すると死ぬような食べ物を自らの身体を(あるいは他人の命を)実験台にして試したということだ。冒険心に逸った人間がいることは知っていたが、命がけででも旨い食べ物を追い求めるとは……。そのようなことをするのが人間の本質であるならば、アンジェラのような意味不明なレベルで豪胆な人間が生まれるのもわからなくはない気がした。
「おっし、これで体もぽっかぽかになったし、嵐が収まるまで皆でぐっすり寝よう! 果報は寝て待てっていうしね!」
「んだべ、んだべ!」
「いやいや、どう考えても誰か一人は起きて見張りをすべきだろう!?」
「ミュくんが見張りしたいならどーぞ!」
「…………。わかった、ではしばらくは俺が見張りをしよう。次はお前だぞ、モフオ」
「えっ、俺っすか!? まぁ、そういうことならば、しゃあないっすね! んじゃ、それまで寝ますんで、兄貴オネシャス!」
モフオ、世が世ならば、サミュエルに首を垂れるべき立場のはずが、随分と態度がデカい。そもそも、モフオたち獣人やコボルトたちは、サミュエルが魔族であることに気が付いているのだろうか。
気が付いていてもいなくてもいろいろと問題がある気がしてくる。とにかく、彼らがサミュエルに対して、「こいつは魔王の孫だ。気をつけろ!」などといって追い出しにかかることがないように注意しなければと思うサミュエルだった。




