第11話 三兄弟がやってくる
地獄のような採寸が終わった。今までの魔族生で、男に体をベタベタ触られることなどまずなかったというのに……。サミュエルはなんだか自分が汚されたような気分になっていた。
気を取り直して、旨い食事にありつくために、厨房の片づけを手伝おうとそこに赴く。
と、荒れ果てていたはずの厨房はすでに綺麗に掃除されていて、フリフリのエプロンをつけたジョセフィーヌがルンルン鼻歌を歌いながらディナーの準備をしていた。
(この女装男、思いのほか有能だな……)
「あら、ミュくん、あたしに会いに来てくれたのかしら? 嬉しいわ」
「あ、ああ。手伝えることはないかと思ったのだが……」
「あらまあ、優しいのね、惚れちゃいそうだわ」
「はっ?」
「そうねぇ、今日は持ってきた食料を使ってお料理をしているのだけど、お魚かお肉があるといいわね、どうかしら? 獲って来られるかしら?」
「どんな動物や魚が旨いんだ?」
「そうねぇ、例えば、魚だったらピラニアなんてどうかしら? 動物ならば、シカやイノシシ系あたり?」
「なるほど、参考にするとしよう」
サミュエルは食材を求めて狩りにでた。城を出てすぐにある森には、様々な動物や魚が生息していた。ピラニアの生息地ならばだいたい把握している。
魔族には釣りという文化がない。魚を食べたい場合は、槍のような柄の長い武器を使うか、あとは魔法を使うのだ。雷魔法を落として痺れさせるか、氷魔法で凍らせるのが一般的だった。保存も考えると、氷魔法の方が効率がよさそうである。
サミュエルはさっそく魚影を見つけると、早速川の中に向かって氷魔法を撃ち込んだ。凍り付いたジャンボピラニアが数匹浮き上がってくる。これで漁は終了である。
あの女装男が「まあ、素晴らしいわ」と喜ぶ顔が目に浮かぶ。
(って、俺は何を考えているんだ! あんな女装男に褒められても何にもならないだろうが!)
それよりも、この危険極まりない、中級魔族も恐れる魚が本当に食べられるのだろうか。もし、このピラニアでさえもおいしい食事になってしまうのであれば、魔族は、真剣に人間の軍門に下ることを考えたほうがよいのではないかと、サミュエルは人間に対して畏敬の念を抱きつつあった。
「まあ、素晴らしいわ! こんなに早く、こんなにたくさん獲って来てくれるなんてっ。あなたって本当に優秀な護衛なのね」
護衛であることと狩りが上手いことがあまり結びつかないが、手放しで褒められたことは、例え相手が女装男であったとしても嬉しいものだった。
「せっかくハーブがたくさんあるから、この子は香草焼きにするわね。うふふっ」
その日の食卓には、歯をむき出しにしたまま、まるでこちらを睨んでいるかのようなジャンボピラニアが並んでいた。
「骨がちょっと多いから、それだけ気を付けてね。うふっ」
(ん? ということは、人間は骨を食わないのか? 確かに骨を取り除くのは随分と手間な気がするが、食わないという選択肢を考えたことがなかった……)
「えっ、これ、まさかのジャンボピラニア!? ミュくんが獲ったの? よく噛み殺されなかったねー! そんけー!」
人間たちの食べ方を見ていると、顔からガブリといったりはせず、身の部分を綺麗に一口サイズに取っては食べている。なるほど、こういう食べ方をすれば、骨を取り除くのも思いのほか手間ではないのかもしれない。
調理方法だけでなく、人間は食べ方そのものも工夫しているのだ。
「ところで、みんなに相談があるの」
「なになにー?」
「アンとミュくんが採ってきてくれた食材はあるものの、このままだとすぐに食べつくしちゃうかもしれないでしょ? だからね、あの三兄弟を呼ぼうと思うのだけど、どうかしら?」
「ふむ、わしも同じことを提案しようとしていたところぢゃよ」
「賛成、さんせー!」
「三兄弟とは?」
「あたしの従兄よ」
(また従兄か!? こいつらには一体何人親戚がいるんだ!?)
「農家のトム、酪農家のハム、漁師のサムよ。彼らがいれば、食糧事情はとーっても安定すると思うの」
「俺はよくわからんから、お前たちに任せる」
「じゃあ、さっそく、明日、まずはトム一家を迎えに行ってくれないかしら、アン」
「りょうかーい!」
トムはどうやら妻子持ちらしい。少し前まで静かだったこの城も、賑やかになるに違いなかった。
そして、翌日、アンジェラはワイバーンのリュくんと街に戻っていった。サミュエルも人間の街に行き、屋台の料理をまた味わいたかったが、今日やってくるトム一家を迎えるために、魔王城のおひざ元にある町の小屋を、ガンテツと直すことになっていたのだ。
「ほぅ! この小屋を作るのに使われている木材は、別名ミスリルウッドとして知られているウルトラウリンぢゃないか!」
よくわからないが、ガンテツの様子からすると、すごい木材のようだ。なんせ伝説の金属の一つ、ミスリルの名を冠しているのだから。
小屋を作るのに使われていた木材は、100年以上前のものだというのに、ほとんど傷んでいなかった。
ガンテツは町を軽く見て回ると、猛烈な勢いで何やら設計図を描き出した。
「こんな感じでどうぢゃい!」
ガンテツに見せられた設計図には、一体どこの国の町の風景だろうかという整った街並みが描かれていた。魔王城まで続く一本道の脇には様々な家が立ち並び、町の中央には広場まであった。まるで先日訪れた人間の町のようだ。
が、強いてもう一言、感想を述べるならば、なぜに一軒一軒の家が妙におどろおどろしいのだろうか?
確かにここは元魔王城のお膝元の兵士たちの宿舎だった場所ではあるが、今は違うのだ。それに、魔王軍が立てた小屋は何の変哲もないシンプルなだけの小屋であり、別にお化け屋敷のような建物ではないのに。
「……なぜ、あえて廃墟風の町にするんだ?」
「そのほうがカッコいいぢゃろ?」
人間の感覚はよくわからない。人間の町の建物や城の方がよほど美しく、綺麗でカッコいいと思うのだが……。
「さてと、トム一家の家はこの辺りに作るつもりぢゃ。というわけで、ミュくん、さっそく仕事ぢゃ。わしを手伝ってくれんかいの」
「ああ、わかった」
トム一家の家を作る場所、そこは町の南東側で、城下町の入り口に比較的近い場所だった。




