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90.尊厳



 軍人に付き添われて、わたしたちは建物の中、ある部屋の前にいた。


 ドアの上の方に書いてあるのは文字だろう、漢字が難しくて分からないけれど、ここにおとうさんはいる。


 軍人が敬礼して、客人二名、お連れしました。と、大きな声で言った。



「……通せ」


 中からは、おとうさんの声がした。



 重い扉を開けると、そこはガラスのテーブルと、重そうなソファが向かい合わせで置いてあった。

 片方のソファに、おとうさんは座っている。


 訪問者を迎えるための部屋なのかな、仕事をする部屋ではないように見えた。


 促されて、向かいのソファにマリノと座る。



 おとうさんはマリノの姿をじろりと見て、すぐに視線をわたしに戻した。

 ラボでわたしの修理を担当していたマリノのことは、おとうさんも知っているのだろう。



「……軍に、戻りたくなったか」


 おとうさんは表情を崩さないまま、わたしに語りかけた。

 軍を離れる経緯は、おとうさんにとっておもしろいものではなかっただろう。

 少し勝ち誇ったような言葉だ。


 わたしは、首を横に振る。



「……わたしの生身の身体のこと」


「……」


 隣で、マリノは黙ってわたしを見守っていた。


 話すのが怖かった。

 それでも、マリノの視線に励まされるみたいに、少しずつ言葉が出てくる。


「身体を拭いたり、着替えをしたり。世話は、誰がしてるの」


「……当然、軍の医療チームに任せている」


 地下室に眠るわたしの身体。

 生きているから、当然、汗もかくし、服も汚れる。


 誰かが世話をしてくれているはずだけれど、わたしはその人を知らない。



「なんで、その人たちにさせなくちゃならないの」


 わたしは続けて、疑問を投げる。


「……当たり前だろう。信頼に足るスタッフを選定し、スイの世話を任せる。何もおかしなことじゃない」


「……だから、なんで」


 おとうさんの静かな返答を遮るように、わたしは一番の不満をぶつけた。



「なんで知らない人に裸見せなきゃいけないの!?」



 おとうさんは驚いたように目を見開く。


 おとうさんは、厳しくて、冷たくて、怖い。

 親子なのに、何を考えているのかなんて、ひとつも分からない。

 今まで大声で反抗したことも、歯向かったこともない。


 それでもただ一つ言えるのは、おとうさんは、わたしの気持ちなんてひとつも分かっていないんだ。





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