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89.正面突破




 大学のひろい土地を抜け、軍の敷地にたどり着くころには、マリノの額には汗がにじんでいた。


 季節は初夏。

 わたしはあまり気にしていなかったけれど、そうか、生身の人にとっては暑いんだ、そう思った。


 それでもマリノは何も文句を言わずに着いてきてくれた。

 ありがたいな、と思う。



「駐屯地さ、研究室から見えてたけど、実際歩くと結構遠いね」


 ここに5年住んでるけど、一回も行ったことなかったや。

 マリノはカバンから取り出したルイボスティーに口をつけると、二口、飲んだ。


 歩き始めたばかりのときは、すれ違う人は学生ばかりだったのが、今はどこを見ても、濃い緑色の軍服に身を包んだ男の人たちばかりがいる。


 そんな街並みを女子二人ですすんでいく。

 ちらちらと、視線を感じる気もする。



「……ごめんね、自転車、乗れなくて」


「ううん。乗ったことないでしょ、仕方ないよ」


「マリノは、乗れるの?」


「うん。子供の頃は、どこに行くにも自転車だったし」


 無限に電車が来るような街の子以外は、そんなもんなんじゃないかな。

 マリノは言いながら、お茶をカバンにしまって、再び歩き出す。



「なんか、近くまで来ると、緊張するね」


「……うん」


 素早く打つ心臓はない。にじみ出る汗もない。

 それでも、頭の後ろのあたりがもやもやと重くなっていくような気持ち、これは緊張だろうと思った。



「……作戦、うまくいくといいね」


「……うん」


 作戦は、歩きながらマリノに伝えた。

 それを聞いたときのマリノは少し拍子抜けして、「なんか、ふつうだね」と言った。


「ふつうかな?」


「ふつうのことだよ、それは」


 そう言って、にっこり笑ったのだ。




 そうこうしているうちに、軍の駐屯地、その門にたどり着いた。

 入り口を警備している大きな身体の男が、わたしたちのもとに歩いてくる。


「入館証は」


「……」


 わたしはポケットから、入館証を取り出した。

 軍に所属していたときに与えられていた電子入館証。

 自由になった今もこれが有効かは分からないけれど、男はそれを一目見ると、隣のマリノを見やった。


「あなたは」


 男の言葉にマリノが戸惑って、わたしのほうを見る。

 当然、マリノは入館証など持っていない。


 そのやりとりを遮って、わたしは男に言った。


「イズミノ陸将を呼んでください。わたしは、イズミノスイといいます」



 今度は男が戸惑う番で、少し思考した後、わたしに尋ねる。


「ご親族か、何か」


「……はい」


 わたしは頷く。

 親子だけれど、イズミノ陸将に娘がいて、それが元軍人であることは、一般の軍人は知らないだろう。

 親族、嘘ではないから、そのままそこに居座ることにした。


 男は困った様子で、手元の通信機に何かを話しかけている。

 その間、なるべく堂々としていることにした。

 親族に会いに来るのは、ふつうのことだ、多分。



 数分待たされて、男はまた口を開いた。


「……中で、陸将がお待ちです」


 ゲートが開き、わたしたちは内部に通された。




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