88.置き去り
【国立エネルギー総合大学 食堂】
「スイ、ゼン君。お待たせ」
昼過ぎの、人もまばらな学食。そこに現れたのはマリノだった。
つい先ほどまで作業をしていたことが分かる作業着姿のまま、息を切らしている。
「ごめんね、どうしても急ぎの作業があって」
マリノはスイの隣の席に座ると、ふう、と息を吐いた。
「いや、……こっちこそ、急に呼び出して」
「いいのいいの。スイの頼みなら」
俺の言葉に、マリノはからっと笑う。
当然のように俺の存在は無視されるが、それはこの際どうでもよかった。
「で、話ってなに?」
マリノの問いに、スイはゆっくりと口を開いた。
「マリノに、一緒に来てほしいの。……おとうさんのところ」
「えっ?」
マリノが戸惑うのも当然だ。
いくらなんでも、説明が足りなさすぎる。
「えっと、スイの身体を取り戻そうと思うんだけど。そのためにスイの身体に接触しないといけなくて、それで」
フォローのために俺も説明を加えようとするが、言葉が続かない。
そもそも、今回の件は、一体何をどこまで説明すればいいのか分からない。
「イズミノ陸将のところに、スイと一緒に頼みに行ってくれないかなって……」
我ながらおかしな頼み事だ。
マリノは機械化人間の専門家だ。
スイが機械化人間である以上、スイの生身の身体がこの世のどこかに存在することは、言われなくても分かっているだろう。
それでも、イズミノ陸将によって秘匿されたそれの詳細は、マリノには分からない。
地下室。腹を食われた赤子。文明の供物。人類の電池。
どれも軍によって入念に隠されているため、伝えてしまえば、マリノにまで危険が及ぶのは間違いない。
だからこそ、表現が難しい。
どうやっても説明不足になってしまう。
「えっと、よくわからないんだけど」
「……」
「いいよ、別に。今日はもうやることないし」
「えっ」
そんなに軽く引き受けていいのか?その疑問は言葉にならない。
スイも同じように思ったようで、きょとん、音がしそうなくらいに固まっている。
「いいの……?」
こわごわと、スイが尋ねる。
マリノはもう一度笑顔でうなずいた。
「いいよ、スイがやりたいなら」
その言葉に、いつかのマリノの泣きそうな声が思い出された。
『本当に、皆、あの子をいいように利用して。本当なら守られないといけない、ただの子供なのに……そんなこと、ずっと前から分かってるんだ』
HETを得るために、モンスターと少女を戦わせている。
その片棒を担ぐ大人として、スイの人格を知る友人として、マリノもまた、苦しんでいた。
俺には「作戦」を教えてくれないまま、スイはマリノと食堂を出ていった。
どんな話をするつもりなのか教えてほしいと言ったけれど、スイは首を横に振るだけ。
なぜか置き去りにされた発起人の俺は、心配な気持ちをぬぐい切れず、スイが泣いて帰ってきたときにどんな言葉をかけようかと、それだけを考えていた。




