91.年頃の娘
「子供の頃はそれでもよかったけど、落ち着いて考えたら、想像するだけで恥ずかしいよ。わたしもう16歳だよ」
「……」
16歳。もしも、ふつうに学校に行ける身体に生まれてきたのなら、もう高校生だ。
マリノはそれくらいの頃に、父親と洗濯を分けていたと言っていた。
父に反抗する理由なんて、それだけで十分だ。
「だから、自分でやる。今日から自分でやるの」
「……医療や看護の知識もなく、それを言いに来たのか」
「だからこの子を連れて来たの」
マリノはおとうさんにむかって、にっこりと微笑んだ。
姿勢を伸ばして、堂々と座っている。
「マリノは、今はラボでわたしの身体のメンテナンスをしてくれてるけど。看護師さんでもあるんだよ。わたしのことをよく知ってて、看護のこともよく知ってて、この子に教えてもらいながら、覚えることにしたの」
自分で自分の身体を拭く。
裸を、知らない人になんて見せない。
そんな当たり前のことだけど、頼める人なんていなかった。
だってわたしが機械の身体で生きていること、その生身が地下室で保管されていること。
それは秘密で、誰にだって言っていいものじゃない。
けれどマリノは知っている。
ずっとそばで見てきた。
わたしが機械の身体で戦っていること。
それに、生身の身体がいまもどこかで生きていること。
しかも、看護の知識もある。
これ以上ない適任だ。
これに気づいたとき、うれしくて、飛び上がりそうになった。
「そんなこと、認められない」
おとうさんは表情を変えないまま、冷たく言い放つ。
それでも、ここで引くわけにはいかないのだ。
「おとうさん!」
声を張り上げる。
「知らない人に裸見られたくないの!それだけなの!分かってよ!」
娘の言葉に、おとうさんは一瞬、たじろいだように見えた。
そして顔を曇らせて、一言。
「……私の監視下であれば」
一瞬、当然だと思う。
エネルギーの根幹、国家機密であるわたしの身体を、おとうさんの目の届かないところで好き勝手させてもらえるなんて、そんなこと思っていない。
ナイフで喉を掻き切ってしまえば、終わらせることができてしまう。
それは、この国の終わりと、同じ意味。
でも、それでは足りない。
本当の目的は、わたしの髪と爪を採取することだ。
おとうさんの目の前でそんなこと、できない。
言葉が出てこない。
黙ったまま見つめあうわたしとおとうさんに、マリノが割って入ってきた。
「あの、清拭は入浴の代わりだと思うのですが。それを考えると、16で父親とお風呂に入る子は、ふつういません」
「……」
「最後に父親とお風呂に入ったの、多分、小学校に上がる前だと思います」
「……」
マリノの姿を、おとうさんは冷たく見つめる。
それでもマリノは、話すのをやめなかった。
「スイの希望は、女の子として当然だと思います。……父親に裸を見られるのって、……あくまでも私の感覚ですが」
落ち着いた声で、マリノは言い放つ。
「きもいかなって……」
その言葉に、おとうさんは呆気にとられ、顔をゆがめた。
「……いいだろう」
苦いものを噛んだような顔で、おとうさんは言葉を絞り出した。
「ただし条件がある。清拭の前後に私に必ず報告しなさい。扉の外で監視もつける。当然だ。きみたち二人以外の入室は認めない」
わたしはうなずいた。
はじめからそのつもりで来ている。
完全に自由なタイミングで、自由に出入りすることは叶わなかったけれど。
十分、目的は果たせそうだ。
おとうさんは続ける。
「スイ、あのウダガワとかいう研究者。きみの身体について調べたがっているようだ。もし彼やその関係者がきみの身体に近づくようなことがあれば、今回の約束は破棄する」
これにも、黙ってうなずいた。
地下室に入るのは、わたしとマリノだけ。
ウダガワ先生も、アマガセ先生も、ゼンも、近付けさせない。
条件を取り付けて、帰ろうと立ち上がる。
すると、おとうさんはマリノを呼び止めた。
「……大間茉莉乃」
突然呼ばれたフルネームに、マリノは振り返る。
おとうさんは張り付けたみたいな笑顔で、マリノを見ていた。
「甲府の家族は元気かい?」
冷たいものが、背筋を伝った。
話せばわかる、と思っていた。
話したから分かってもらえたと、そう思った。
それでも、おとうさんはやっぱり、そんな人じゃない。
マリノ本人の情報も、その家族の情報も。
はじめから全て知っている。
そしてこの人は、遠く離れたマリノの家族を、どうにかできる立場にいる。
「ええ、おかげさまで。親兄弟、甥姪に至るまで、みんな元気ですよ」
マリノは引きつった顔のまま、そう答えた。




