9.研究室1
「戻りました」
乱雑に積まれた資料と実験データ。少しかび臭いような空気、各々の机にはパソコンがおかれている。
誰が書いたのか、「整理整頓」と手書きで書かれた張り紙は端のほうが破れていて、この乱雑な部屋を片付けようと思案した者がいたことがうかがえる。
その横には、菓子パンやカップラーメン、割り箸の束が備蓄されており、寝袋すら持ち込まれている。
『ナグモ研究室』、教授の指導のもと、現在3人の学生がモンスターの生態について学ぶ研究室である。
「珍しいな。講義か」
「まあ、休講でしたけど」
パソコンから目を離さず、背中で返事をしたのは、この研究室の長、ナグモ女史だ。
モンスターの生態、特に瑞白町の超大型モンスター、カグツチが出す有害物質についての研究をしている。
見た目は若く見えるが、日本へのモンスター襲来当初から、モンスターの生態について研究を続けている第一人者であるらしいため、結構な年なのかもしれない。
ナグモ女史は随分伸びてしまった前髪を乱暴にかきあげながら、俺のほうを振り返る。
「帰宅困難区域への立ち入り調査の許可が出たよ。来月の第三金曜日に行くからな」
「ああ、この間言ってたやつですか。朝からですか?」
「そうだ。バイト代は出すぞ」
「いい加減、正式に助手雇ってくださいよ……まあ、いいですけど」
瑞白町への立ち入り調査。
防護服の着用は必須で、帰ってきたあとも除染作業を受ける必要があり、一日拘束される。
本当に有害物質が除染できているのかと不安になったこともあるけれど、ナグモ女史に「除染装置は私が作ったんだ。信頼しないのは自由だが、世界にこれしかないから諦めろ」と生産者の顔をされた。
瑞白町各所の汚染値の測定、汚染された土壌のサンプルの採取。
世間で脚光を浴びるのは、エネルギー変換やHET活用など、金になる研究だけれど、ナグモ女史はいわば「後始末」の研究をしている。
そしてナグモ女史の指導のもと、俺も有害物質にほかの物質をぶつけて、その質的変化を研究している。
帰宅困難区域への立ち入りは厳しく制限されている。
カグツチの有害物質は、生身の人間が一定以上曝露すると、さまざまな内臓疾患や神経疾患を誘発することがわかっている。
また、持ち帰ってきたサンプルの管理方法も厳しく定められている。
防護壁と同じ素材でできた箱に二重にして入れて、鍵付きの棚に保管する。
サンプルを直接取り出して研究する際も、簡易的な防護エプロンとゴーグルの着用が義務付けられている。
瑞白町では、ナグモ女史の助手のような形で同行することになる。
今まで三度現地調査に同行したが、重い防護服に身を包んで、ずっと歩きっぱなし。
夏は暑すぎて死ぬかと思ったし、冬は積雪で見えにくくなっていた用水路を踏み抜いてしまい、死ぬかと思った。
幸い耕作放棄地で水流はなかったから、命拾いした。
まあ代わりに、普通のアルバイトの3倍ほどの時給を得られるわけだが。
学生の身なので、基本的にいつも金はない。




