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狩場の少年

 

 売店で朝食を選んでいると、急に肩を叩かれる。振り返るとそこにはカサマツがいた。


「お、ゼン。最近全然寮に戻ってきてへんやん。なに、また泊まり込み?」


「うん、まあ…カサマツこそ、何してるんだ、こんなところで」


 カサマツはまじまじと、食料品の棚を眺めている。

 栄養補給を必要としない機械化人間が、食べ物を吟味していた。その光景の異様さに、思わず尋ねる。


「オレは仕事終わり。マリノへの支払い滞納してもてさ。利子はうまいもんで払えって言われたから買いに来たんやけど、最近の流行りとか全然わからんねんな」


「滞納?」


「せやねん。最近生身の方でも金かかってさ…あかんな、給料全然足りひんわ」


 生身の方、とカサマツは言った。

 以前、機械への脳機能移植を、持病の治療のために行ったと聞いた。


 病で不自由となった体を脱して、機械の身体で生きていく。

 脳機能をデータとしてそのまま移植するので、人格や記憶、経験は引き継がれる。

 それと引き換えに、生まれ持ったほうの体は、常に医療的ケアが必要な状態になるらしい。


「へぇ。それで、何にするんだ」


「何も思いつかへんけど……女子ってスミノフ好きよな。最悪、軍の方のスーパーでスミノフ買うわ。あれ、意外と旨いねん」


「いや、酒はないだろ。普通に甘いものとかでいいんじゃないか」


 マリノが甘いものを好む性質かは知らないが、この間はカフェでラテ系の何かを持っていたから、嫌いということはないだろう。

 まあ、酒よりは外れがない。

 

 大学構内では酒の類は入手できないため、大学と寮を行き来している我々の中では、日常的に酒を嗜む人は少ない。


 軍のスーパーまでは、広大な敷地内を徒歩40分。

 電動キックボードは一回一回金が必要だし、自転車に乗るとしても10分程はかかる。

 だからもともと、ここの学生は酒にあまり馴染みがない。


「ガキの頃ってお菓子あんま食べへんかってん。やからそもそも甘いもんが全然分からんねんな。…なに、このシュークリームとか、旨いん?」


「いいんじゃないか。シュークリームなら、たぶん大抵の人が好きだろう」


「ふぅん」


 カサマツの機械の手が、冷蔵棚からシュークリームを一つ取り出す。「とろけるシュークリーム カスタード&ホイップ」。

 まあ、これなら無難な方ではあるだろう。


 カサマツからマリノへの貢物が決まったところで、今の会話の違和感に気づいた。


「カサマツ、お前、機械化手術受けたのいつだ?」


「え、17の時やけど」


 何もおかしいことがないかのように、カサマツはあっけらかんと答える。


「なんで酒の味なんて知ってるんだよ」


「…」


 カサマツはにっこりと笑みを浮かべるだけで、質問には答えなかった。

 代わりに、そうそう、と、露骨に話題を逸らす。



「そういえば、軍にめっちゃ強い奴おんねん」


「…強い奴?」


「前から噂だけは聞いててん。大型を一人で銃火器なしで倒したとか、中型3体まとめて処理したとか…普通ありえへんし、都市伝説みたいなもんかと思ってた。もし実在するなら、人間やない。バケモンや」


 普通どれほどの人員が必要かは俺には分からないが、時間帯にもよるものの、常に150人程度の軍人が狩場で警備にあたっているという。


 モンスターの処理は、基本的には銃火器を使用するそうだ。

 それに、突然の大型モンスターの出現に、カサマツが応援に呼ばれている姿は、しょっちゅう見ている。

 たぶん、それだけ多くの人員が必要ということだろう。


「それが実在したんや。今日初めて実物見てさ。大型を一人で、しかもナイフ一本で瞬殺! オレ、マジで何もしんでよかったわ」


「へえ、そんなこともあるのか」


「いや、普通はないんやって。でもこの目で見たからな。噂、ガチやった」


 カサマツの興奮したような声のトーンに、その「強い奴」について、興味を惹かれる。

 大型モンスターに敢えてナイフ一本で挑み、完璧に勝利する。どんな人物なんだろう。


「噂では身長2メートルはある、熊みたいな大男ってことになってたけど。実物は細いしちっこいし、男っていうよりは少年って感じやったわ。顔は見えへんかったけど、あれは間違いなく本物やね」


 ちっこいし、の言葉に合わせて、カサマツが自分の肩のあたりで手を横に振った。

 カサマツのスケールが本当に合っているのなら、その人物の身長は150センチ前後ということになるだろうか。

 珍しいほど小柄な少年。それが、人間離れしているほどに強い。

 正直、信じられない。


「というかそもそも、軍に子供がいるのか?」


「いやおらん。後方には一応、たまに工科高校生が実習に来てたりするんやけど。まあでも、狩場には基本入れん。やからチビの大人か、特殊な事情のガキか」


「へぇ…」


「ええもん見たわ。オレのシフトのとき、ずっと居てくれへんかな。そしたら楽できるし」


 そこまで言って、ちょうどカサマツの会計の番が来る。お待ちの方、と店員に呼ばれて、カサマツはレジに向かった。


 残された俺はエナドリとプロテインバーを握りながら、噂の男について考える。

 さすがに、小柄な大人だと思いたい。


 HETのために学生を戦わせることにも賛否があるのに、子供まで狩場に投入しているのなら、それにはさすがに拒否感を感じる。

 子供が特別好きなわけではないが、なるべく社会に守られていてほしいとは思う。


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