7.講義室の少女2
しばらくして、少女は目を覚ました。
眠そうな目蓋を1回、2回と擦り、色素の薄い睫毛の下から、宝石のような深緑色がのぞいた。
そしてきょろりと周囲を見渡し、講義を続ける教授をじっと眺めている。
少女はそのまま、出ていくわけでもなく、ただ講義を聞いていた。
筆記用具もノートも持っておらず、彼女のぶんまで一応配られた資料には目もくれず、教授の言葉に、じっと耳を傾けている。
はじめは何も分かっていなさそうな顔をしていたが、話が進むにつれて、少しずつ少女の姿勢が前のめりになっていく。
話を続ける教授を食い入るように見つめながら、まるで一言たりとも聞き逃さないようにするみたいに、真剣に耳を傾けていた。
(おお、なぜか彼女にぶっ刺さっている)
一見胡散臭いようにみえる授業だが、この教授の話は素直におもしろい。
俺はフィールドワークに全く出ないことはないが、大半の時間を研究室で機械に向き合うことに当てているため、制約の中で現地で研究をしていた教授の話は興味深く感じていた。
マニアックな内容だが、一部の生徒の間で評判がよい。
教授の話を聞く少女は、真剣そのものだった。
大きめのパーカーに細いズボンを合わせた、ラフな格好をしている、小柄な少女だ。
まるくくりっとした深緑の瞳は宝石のような輝きを放ち、ベージュの髪が肩にかかっている。
顔立ちはどこか幼く、中学生か高校生くらいに思える。
普段は教授の話に注意を払うばかりで、周囲のことなど見えなくなってしまう性分であるが、この時は半ば身を出すようにして真剣に話を聞いている少女が、ちらちらと気になった。
どうして、この大学にいるのだろう。
工学部・防衛学部・医学部という構成の大学で、圧倒的に男子生徒が多数を占めているが、少数とはいえ女子学生はもちろん存在している。
それでも、こんな子を構内で見たことはない。
大学生に比べて明らかに幼く、一般的にかわいいと言われそうな顔をしている。このような見た目の子がいれば目立ちそうなものなのに。
気づけば九十分の授業は終了していた。
教授が教科書を閉じて、ゆっくりとした動作で講義室をあとにする。生徒たちもぱらぱらと講義室を出ていき、俺と少女だけが残された。
教授から初回の授業で頼まれて以来、ホワイトボードを綺麗にするのは自分の仕事になってしまった。
老いて腰が曲がった教授のかわりに、クリーナーを滑らせる。
その間、少女はじっと座って、俺の背中を見つめていた。
俺は少女のほうを見ていなかったけれど、嫌というほど視線を感じた。
「…………」
互いに話しかけるわけでもなく、視線があうわけでもなく。ただ、同じ空間にふたりでいた。
ホワイトボードに書かれている最後の一文字を消し終わり、いよいよ振り返らないといけなくなる。
意を決して後ろを振り返る。いつの間にか誰もいなくなっていた講義室を呆然と見渡した。
一切の足音も立てず、まるで野良猫のようにいつの間にか消えていた少女。
窓から光が差し込む、晴れた日の午後だった。
その次の講義から、見慣れた学生たちの顔の中に、一人の少女が加わった。




