表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/83

78.「あの日」3




 1日に3回、食事が運ばれた。


 はじめはそれを口にする気力もなかったけれど、何日か経ったときに、食事を運んでくれる男の人に、はじめて話しかけられた。


「食べないと死んでしまうよ」


 そのときは、言われた意味がわからなかった。

 死んでしまう、というのは、はじめて聞く言葉だった。


 カラカラに乾いた喉で、わたしはその言葉の意味を尋ねた。


「あー……」


 その人は少し言葉を詰まらせたあと、ゆっくりと教えてくれた。


「息が止まって、心臓が止まって、二度と戻らないことだよ」


「……わたし、『死んでしまう』に、なるの?」


「このままでは、そうなる」


 なんか、怖いな。そう思った。

 理由はわからない。けれど、はじめて聞くそれは、とても恐ろしいことのように思えた。


 目の前に差し出された食事は、とても美味しそうに見えた。

 そのときは理由がわからなかったけれど、今ならわかる。

 空腹は、つらい。

 そして生身の身体は、生きるのをやめようとしない。


 それに、ここ最近運ばれてくる食事は、どれもわたしの大好物だった。

 誰かはわからないけれど、なんとかしてわたしに食べさせようと、心を砕いている人がいる。


 わたしは、皿に乗ったそれを食べた。一口食べると、耳の下がじんわりとしびれるような感じがした。

 カレーライスをスプーンにのせて、どんどん頬張った。

 あの日の食事は、本当においしかった。



 それから、おとうさんの部下の人——わたしは、「サンサさん」と呼んでいた——と、食事の度に言葉を交わすようになった。


 サンサさんは、普段は外でおとうさんと一緒に仕事をしているらしい。

 おとうさんとサンサさん以外にも仕事をする人はたくさんいて、みんな同じ服を着ているということも、サンサさんが教えてくれた。


 サンサさんという呼び方は、早口言葉みたいで気に入っていた。

 サンサというのはてっきり名前だと思っていたのだけれど、今考えると、たぶん、階級だ。3等陸佐。



 わたしは繰り返し、サンサさんに尋ねた。


「なんとかホスピス?ってどこにあるの?」


「おかあさんに会いに行きたい、どうやって外に出るの?」


「なんでサンサさんは、腕をドアにピッてすると、外に出られるの?」



 サンサさんは嘘と本当をまじえながら、いつも答えてくれていた。


「ホスピスは、子供は入れないよ」


「子供は外には出られないんだ。この腕の、ピッてするやつは、大人の印だからね。大人の印がないとドアは開かないし、その先にも行けない」


 それは軍人の認証パッチであって、大人の印なんかではないと今ではわかるけれど、当時はそれを信じていた。

 おかあさんに早く会いたい。早く大きくなって会いに行きたい。


「ドアのその先、ってなに?」


「……」


 サンサさんは一瞬まずい、という顔をして、慌てて表情を取り繕った。


「えっと……その先、は、そうだ、バス。バスに乗らないと行けないんだけど、これまた子供は乗れないんだ。それこそ、大人の印を持っていない子供は、乗れない」


「バスってなに?」


「車だよ、大きい車」


「車ってなに?」


「……」


 いくら質問攻めにしても、サンサさんは困った顔をするだけで、わたしを怒鳴りつけたり、殴ったりして、黙らせるようなことはしなかった。


 きっと、すごく良い人なんだと思う。

 サンサさんは、少なからずわたしの境遇に同情してくれていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ