78.「あの日」3
1日に3回、食事が運ばれた。
はじめはそれを口にする気力もなかったけれど、何日か経ったときに、食事を運んでくれる男の人に、はじめて話しかけられた。
「食べないと死んでしまうよ」
そのときは、言われた意味がわからなかった。
死んでしまう、というのは、はじめて聞く言葉だった。
カラカラに乾いた喉で、わたしはその言葉の意味を尋ねた。
「あー……」
その人は少し言葉を詰まらせたあと、ゆっくりと教えてくれた。
「息が止まって、心臓が止まって、二度と戻らないことだよ」
「……わたし、『死んでしまう』に、なるの?」
「このままでは、そうなる」
なんか、怖いな。そう思った。
理由はわからない。けれど、はじめて聞くそれは、とても恐ろしいことのように思えた。
目の前に差し出された食事は、とても美味しそうに見えた。
そのときは理由がわからなかったけれど、今ならわかる。
空腹は、つらい。
そして生身の身体は、生きるのをやめようとしない。
それに、ここ最近運ばれてくる食事は、どれもわたしの大好物だった。
誰かはわからないけれど、なんとかしてわたしに食べさせようと、心を砕いている人がいる。
わたしは、皿に乗ったそれを食べた。一口食べると、耳の下がじんわりとしびれるような感じがした。
カレーライスをスプーンにのせて、どんどん頬張った。
あの日の食事は、本当においしかった。
それから、おとうさんの部下の人——わたしは、「サンサさん」と呼んでいた——と、食事の度に言葉を交わすようになった。
サンサさんは、普段は外でおとうさんと一緒に仕事をしているらしい。
おとうさんとサンサさん以外にも仕事をする人はたくさんいて、みんな同じ服を着ているということも、サンサさんが教えてくれた。
サンサさんという呼び方は、早口言葉みたいで気に入っていた。
サンサというのはてっきり名前だと思っていたのだけれど、今考えると、たぶん、階級だ。3等陸佐。
わたしは繰り返し、サンサさんに尋ねた。
「なんとかホスピス?ってどこにあるの?」
「おかあさんに会いに行きたい、どうやって外に出るの?」
「なんでサンサさんは、腕をドアにピッてすると、外に出られるの?」
サンサさんは嘘と本当をまじえながら、いつも答えてくれていた。
「ホスピスは、子供は入れないよ」
「子供は外には出られないんだ。この腕の、ピッてするやつは、大人の印だからね。大人の印がないとドアは開かないし、その先にも行けない」
それは軍人の認証パッチであって、大人の印なんかではないと今ではわかるけれど、当時はそれを信じていた。
おかあさんに早く会いたい。早く大きくなって会いに行きたい。
「ドアのその先、ってなに?」
「……」
サンサさんは一瞬まずい、という顔をして、慌てて表情を取り繕った。
「えっと……その先、は、そうだ、バス。バスに乗らないと行けないんだけど、これまた子供は乗れないんだ。それこそ、大人の印を持っていない子供は、乗れない」
「バスってなに?」
「車だよ、大きい車」
「車ってなに?」
「……」
いくら質問攻めにしても、サンサさんは困った顔をするだけで、わたしを怒鳴りつけたり、殴ったりして、黙らせるようなことはしなかった。
きっと、すごく良い人なんだと思う。
サンサさんは、少なからずわたしの境遇に同情してくれていた。




