76.「あの日」1
【緯新22年:穂積市】
地下室の外のことは、何も知らなかった。
生まれた時からここでおかあさんと一緒に暮らしていた。
おとうさんは滅多に地下室に来ないけれど、おかあさんがいれば寂しくはなかった。
おとうさんが、普段どこで何をしているのかは、知らなかった。
いつも少しの時間会話したあとに、地下室のドアからどこかに出ていったから、この部屋の「外」があるんだな、というのだけは、なんとなく理解していた。
おとうさんは会話の最後にいつも、ここから出てはいけないと繰り返し言ってきたから、そうなんだ、と思っていた。
別に疑問なんてなかったし、わざわざおかあさんと離れてどこかに出たいなんて、そんなことは思っていなかった。
眠りから覚めて、おかあさんが作ったごはんを食べて、おかあさんと一緒にお絵描きや人形遊びをして、それでまた眠る。
地下室だけがわたしの世界で、おかあさんだけがわたしの全てだった。
それで、よかった。
おかあさんは、わたしを愛してくれた。
毎日ぎゅっと抱きしめてくれたし、いろいろな遊びを教えてくれた。
好きなものをたくさん作ってくれたし、特に大好きなカレーライスは、作り方を教えてくれた。
地下室に閉じ込められているわたしに、できることはすべてやってくれた。
ある日、おかあさんはわたしに、ピンクのおそろいのハンカチをくれた。
お誕生日おめでとう、そう言って笑っていた。
「お誕生日ってなに?」
「うれしい日だよ。8年前、スイが生まれた日。おかあさんは、世界で一番うれしかった」
あのときは誕生日どころか、暦さえ理解していなかったから、意味はよくわからなかった。
それでもおかあさんが笑っていたから、わたしもうれしかった。
「おかあさんは生まれてきたあなたの目をみて、名前を決めたんだよ。おかあさんと同じ緑色、きれいな宝石の名前」
おかあさんの指がわたしの頬をなでて、くすぐったかった。
おかあさんと同じ色の瞳、おかあさんと同じなみなみの髪。それを持って生まれてこられたのは、すごく、うれしいことだと思った。
わたしの身長がおかあさんのお腹くらいの高さになった頃、おかあさんはわたしを置いて、地下室を出ていった。
あのときのことは、うまく思い出せない。
喉が裂けるまで叫んで、頭が痛くなるくらい泣いたあの感覚だけが、今でも心の底に残っている。
そんなわたしに背中を向けるおかあさんも、泣いていた。
おかあさんから教わったことを、頭の中で繰り返しながら、過ごしていた。
出したおもちゃは片付けること、使ったコップは洗うこと。カレーライスのつくりかた、包丁は猫の手。朝起きたらおはよう、夜寝る前におやすみ。
食事は1日3回運ばれてきた。おかあさんでもおとうさんでもない、初めて見る、外の人。
それはおとうさんの部下だという男の人で、おとうさんと同じ服を着ていた。
その人とわたしは言葉を交わすことはなかったけれど、その人を見て、もしかしたら外にはもっとたくさんの人がいるのかもしれない、そう思った。
どれくらい一人で過ごしたかはわからないけれど、ある日、おかあさんが帰ってきた。
その姿をみたわたしはおかあさんに飛びついて、大声で泣いた。
おかあさんはよろめきながら受け止めてくれて、わたしのことを強く抱きしめた。




