72.少女の贖罪
8年前。瑞白大災害。
超巨大モンスター「カグツチ」が瑞白町を襲い、その炎ですべてを焼き尽くした。
大規模火災、建物の倒壊、複数個所の雪崩や土砂崩れ。
そしてカグツチの身体から今も放出される有害物質による、街一体の汚染。
死者・行方不明者あわせておよそ7000人。未曽有の大災害。
「…普通に考えて、そうじゃないかと思ってはいた。あの災害の要因として、…それ以外に、考えられない」
「…」
スイは押し黙ったまま、動かない。じっと黙って、俺の言葉を待っている。
「あの日、何があったんだ」
俺の問いに、スイは静かに答える。
「…一度だけ。地下室を脱走したの。…それがどういうことなのか、あのときは、知らなかったけど。…知らなかったじゃ、済まないことをした」
機械化手術を受ける前。
人知れずモンスターを一身に引き寄せ、それゆえに地下室に幽閉されていたこどもがひとり、そこを抜け出した。
それがどういう事態を引き起こすのか、知らされることもなく。
ただ大人の言うことを聞き続けた少女は、たったの一度だけ、外の世界に飛び出したのだ。
そうして瑞白町までたどり着いた少女によって、不運にも超巨大モンスターが発生する。
外界に晒されたその体を、捕食するために。
「それが、きみの言う、『罪』…」
「うん」
外界に飛び出した無知な少女の行動が、大災害を引き起こした。
あまりにも多くの命が失われ、人々に大きすぎる傷を負わせた。
それが、スイの罪。
そして機械化手術を受けたスイは、この国のエネルギーのために、その身を捧げることになる。
そうすることで、償おうとした。
償いきれなくても、苦しくても、こわくても、孤独でも、そうするしかなかった。
すべてはスイ自身の、贖罪のために。
「…憎くないよ」
俺は思ったことを、そのまま言った。
確かに、友人の多くが失われた。心の奥に負った大きな傷は、未だ癒えない。
それでもこれは、嘘偽りない、本当の気持ちだ。
「どうして。…わたしが脱走しなければ、『蒼瑛小の悲劇』だって、起こらなかった」
「うん」
自分なんかよりもずっと優秀で優しかった友人は、皆死んでしまった。
俺はきっと人生を通して、自分が生き残った意味に、苦しむことになる。
出生以降、存在自体を秘匿されてきたスイは、誰かに恨まれることも、裁かれることもできなかった。
スイは今目の前で頭を垂れて、断罪を待っている。
それでも。
「だって、きみのせいじゃないから」
「…」
スイはうつむいたまま、押し黙っている。
「きみはきみ自身のことについて、何も知らされなかった。きみも被害者だ」
だって普通に考えて、周りの大人が一番悪い。
スイに何も与えずに、無知なだけの傀儡として、地下室に閉じ込めていた。
自分自身がどういう存在なのかを、外に出たらどうなるかも含めて、ひとつもスイに教えなかった大人の罪が、圧倒的に、重い。
「断言する。きみは悪くない。俺はきみを憎まない」
「…ゼン」
「俺はきみが、ただ幸せならそれでいい」
だから、泣かないでほしい。
ひとりで背負わないでほしい。きみの気持ちを教えてほしい。
少なくとも俺に対して、怯える必要なんてないから、心から笑っていてほしい。
スイの機械の瞳がふるえていた。
涙は流れない。それでも、泣いているのがわかる。
スイは泣いて、泣いて、ひとしきり泣いた。
夜の大学で、街灯の下で泣いている少女と、横にたたずむ自分。
周囲からどう思われるかなんて、全く気にならなかった。
目の前のスイが泣いているのがすべてだったから、俺はただ黙って、スイの手を握っていた。
どれくらいそうしていただろうか。
はっきりとはわからないけれど、スイが落ち着くころには、もうすっかり夜が更けていた。
スイはようやく絞り出した声で、小さく言った。
「先生にも、ぜんぶ伝えていいかな」
「…」
それを聞いて、少しうれしかった。
スイにとって信用できる大人がいることが、俺にとってもうれしいことのように思えた。
「…ナグモ女史はきっと、ぜんぶ知っても、きみを追い出したりしないよ」
聡明でさっぱりした性格の人だ。
スイの境遇を理解したとしても、責めるようなことはしないだろうと思えた。
帰ろう。すっかり遅くなってしまったから、心配しているかもしれない。
そう言うと、スイはゆっくり歩きだした。
震える小さな手を、俺はずっと握っていた。




