71.予測と確信
電車とバスを乗り継いで、穂積市に戻ってくるころには、すっかり日が落ちてしまっていた。
研究や課題で残る学生もいるのか、点々と明かりがついているのが見えるが、講義はとっくに終了している時間だ。
バスののりばから寮までの道は暗く、人通りも少ない。
「今日は楽しかった!また行こうね」
一日中動き回っていたはずのマリノは、元気に工学部棟に吸い込まれていった。
やり残した仕事があるらしい。
機械化人間であり体力の概念がないスイならまだしも、普通の女性であるはずのマリノのこの体力はどこから来るんだろうか。
本当にやばいのはこの人の方なのかもしれなかった。
スイと二人並んで、職員寮を目指す。
こんな時間にスイを一人で帰すわけにはいかないため、ナグモ女史のところまで送り届けることにした。
ついでにお釣りの返却も済ませてしまう算段だ。
ひとまとめにされた大きい紙袋を提げて、夜道を歩く。
街灯に薄く照らされながら、スイは口を開いた。
「……お買い物、楽しかった」
「……そうか」
それはなによりだ、と思った。
正直想定の10倍は疲れたが、生まれて初めての穂積市外とショッピングを、スイが心の底から楽しめたのなら、それでいい。
「それに、最近、ずっと楽しい。……軍を離れて暮らすようになってから、ずっと、全部楽しいの」
「……うん」
この言葉を聞いて、目の奥が熱くなる心地がした。
俺はスイに何もしてあげられていない。
出会ったばかりの頃、文字を教えようとしたが、それは中途半端になってしまった。
戦うスイを身を挺してかばったが、モンスターを返り討ちにするような策など何もなく、ただスイの身体を覆うことしかできなかった。
スイに秘密を明かされても、スイを救う言葉どころか、傷つける言葉を吐いてしまった。
みすみすと軍に捕まって、威勢のいい言葉をイズミノ陸将に投げつけても、結局はスイ本人やウダガワ教授に助けられた形になった。
それでも、俺の行動で、スイの人生が少しでも楽しくなったのなら。
……それなら、本当によかった。
「わたしがこんなに楽しくて、ゼンは、いいの?」
「……え?」
「わたしのこと、恨んでない?」
「……何の話?」
唐突なスイの言葉に困惑する。
思い当たるようなことは何もない。
スイが不幸になったのならまだしも、幸せになったという話をしているのだ。
むしろスイを救いたいと心底思っているのだから、もちろんスイになんの恨みもない。
一体何の話をされているのか、本当に、わからない。
と、ここまで考えて、——ひとつだけ、思い当たることがあった。
「……ゼンは頭がいいから、気づいてるよね」
スイはそう言って、脚を止めた。
街灯によって逆光になった顔は、表情が分かりにくい。
それでもスイの声が震えているのだけははっきりとわかって、そうか、と思った。
スイの正体——HETの真実と、人類の電池。
モンスターを引き寄せる少女の存在を知ってから、……それは限りなく真実に迫った憶測として、ずっと心の中にあった。
そしてそれが、少しずつ、確信に変わる。
「そうか、……やっぱり」
穂積市にモンスターが湧き続けるのは、モンスターを引き寄せる体質である、スイの身体が存在するからだ。
それが理由で現在も、軍の敷地内でモンスターが発生し続け、スイはこの国の根幹を担わされている。
モンスターの出現には、必ず「モンスターを引き寄せる体質の子供」が関わっていること。
これは疑いようのない事実だ。
だとすれば、——8年前。
「うん」
燃え盛る炎、フィクションのような超巨大モンスター、崩れる建物、潰れて燃えていった友人、失われた多くの命、奪われた誰かのふるさと——あの出来事は、きっと。
「……わたしだよ」
スイは消えそうな声で、その確信を肯定した。
「瑞白大災害を起こしたのは、わたし」
それを聞いても、俺はスイを恨む気持ちが湧くどころか。
その事実は、自分でも驚くほどあっけなく、納得という形で、胸の中に落ちてきた。




