66.かりそめの解放
ウダガワ教授の言葉に、今度は俺が息を呑む番だった。
スイの、解放。
機械化人間であるスイの身体の解放。
もちろん、スイが生身の身体で自由になるわけではない。
人類の電池としての役割から、本当の意味で解放されるのではないことは、分かっている。
それでも、機械化したスイの身体の解放。
それは、スイの現在の境遇——親に作られた無知で、モンスターを狩るだけの道具のように扱われる。碌な修繕も受けずに、ほぼ不眠不休で戦い続ける。——牢獄からの解放を意味していた。
「……」
イズミノ陸将は黙っている。
そしてしばらくの間のあと、重い口を開いた。
「……良いだろう」
その言葉に、スイがはっと顔をあげた。
「イズミノ・スイの本体は引き続きこちらが預かる。だが、機械化した体のほうの、所有権は放棄する。……録音データの完全な削除を行い、それを証明することを条件に、だ」
ウダガワ教授は目元の皺を深くして笑って、ゆっくり頷いた。
「交渉成立だ」
スイの、機械のほうの身は自由になる。
碌な修理も受けずに、道具のように消費され続ける状況から、解放される。
その光景に呆気にとられていると、スイが俺の袖を小さく引っ張った。
混乱しているらしいスイのほうへ耳を向ける。
「ゼン。……わたし、自由に動いていいってことで、あってる……?」
小さな声で、確かめるように、スイは俺に尋ねた。
俺はそれに答えて、小さくうなずいた。
「うん。……また、遊びにおいで」
発信機と盗聴器を手渡されたイズミノ陸将は、その場で機械を握りつぶした。
苦虫を噛むような表情のイズミノ陸将とは対照的に、ウダガワ教授は笑顔である。
口約束では信用できない、とか、書面を用意する、とか、後日研究室にデータを消去したかの調査が入る、とか。二人でひととおり話し合うと、イズミノ陸将は踵を返して、軍の方向に帰っていった。
暗い地下通路に、3人残された。
ウダガワ教授は向き直ると、俺の肩を軽い力で叩いた。
「……三波善くん、危ない目にあわせて悪かったね。きみのような学生なら、モンスターの発生について、踏み込んで調査してくれると信じていたよ」
俺の行動は、はじめから読まれていたらしい。
モンスターが赤子を食うという、消された真実。
それを目の当たりにした俺がどう行動するのか、彼にはわかっていたようだ。
あのとき、どうしてただの一学生である俺に、消された研究のことを教えてくれたのかと疑問だった。
あの場では「自己顕示欲」という言葉でごまかされてしまったが、本当の狙いはそこだ。
俺の身体に発信機をとりつけて、ネットワークにつないで。
わざわざ「パワーポイント入門」なんていう本を目につくところに置いたのも、機械に弱い老人を演じるためのブラフだったのか。
完全に、手のひらの上で踊らされていた。
「……どうしてそこまで」
漏れ出た声に、ウダガワ教授は笑った。
先程までの不敵な表情とは違い、授業で見るような、いつもの人当たりのよい笑みだ。
「言っただろう。私はこの研究にすべてを賭けてきた。モンスターを引き寄せる体質の子供が、ここ穂積市で生きている。そしてようやく、その赤子に接触するチャンスが巡ってきたんだ。研究者たるもの、こんな機会を逃すわけがないだろう」
まあ、その正体が、私の授業を受けていた学生さんだったなんて、思いもしなかったけどね。ウダガワ教授は続けた。
「……それに、私の輝かしい論文をすべて闇に葬った軍のことは、いくら恨んでも足りないんだよ」
その言葉に、背筋が凍るような心地がした。
戦火に焼かれて脚を失っても、研究そのものを闇に葬られても。
彼も、狂気をもって研究を続けていた人間のひとりであったのだと、そのときはじめて気が付いた。




