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67.行く宛て






「ということなので、スイをお願いします」


「待て待て待て待て」


 研究室に戻り、俺は深々と頭を下げる。

 隣で立っていたスイも俺の様子をみて、慌てたように俺の真似をした。

 俺たちの視線の先——ナグモ女史は、首を全力で横に振りながら拒否している。


 軍から自由になったスイは、何も持っていなかった。

 洋服の替えも、寝泊まりする場所も、何もかも軍から支給されていたからだ。

 スイが生活する場所を決めなければならない。


 スイははじめ俺のところに来たがったが、さすがに問題だろうと断った。

 スイはまだ子供で、間違っても間違いは起きないと誓えるが、同年代の男女が同居、それも片方は未成年。

 そもそも俺の住居は男子寮だ。親族以外の女性は立ち入り禁止。

 中にはうまくやって女性を連れ込んでいる学生もいるが、スイをその立場に置くつもりはない。


 コソコソと隠れて暮らして、なにが自由だ。


「こう見えてスイは機械化人間なので。食事や風呂は不要です。とりあえず寝る場所だけ……」


「そういう問題じゃない!」


 俺の言葉を遮って、ナグモ女史はスイを見た。


「なんだ、きみ、親族はいないのか」


「いません」


「じゃあ、頼れる友人とかは」


「……友達はいるけど、頼れません」


「……」


 問答になり、ナグモ女史はついに黙り込んでしまった。



 スイの処遇について。まず頼ったのはマリノだった。

 スイのボディの修理のために、マリノが所属する研究室に向かった。

 人工皮膚を全身に貼りなおす修理を待っている間、研究室の中ででも、スイを寝泊まりさせてやってほしいと伝えた。

 それに対するマリノの返答は、意外なものだった。


「ごめん、難しい。うちのラボ、がっつり軍と関わってるから。表向きには資金提供だけど、まあ率直に言っちゃえば監視だね。軍人の出入りも多いし、今この瞬間も……ラボ内の状況は、軍に知られていると思うよ。せっかくスイが軍から逃れたのに、また同じことになると思う。どうしても場所が見つからなかった場合、最終的にこっちに来るなら仕方ないけど」


 それもそうか、と思った。

 せっかく自由の身になれたのだから、軍からコソコソ隠れるような生活を送らせたくはない。

 スイも「それはやだ……」と小さく漏らしていたし、マリノの自宅という案も、女子寮の強靭なセキュリティによって難しいらしい。

 かくして、マリノに匿ってもらう方針は消えた。


 そうなると本格的に、スイの行き場に困ってしまう。

 俺が連絡先を知っている女性は、母親、マリノ、そしてナグモ女史くらいである。

 必然的に、最後に残された望みは、ナグモ女史のところとなった。


「そもそもどういう事情なんだ、彼女は」


 ナグモ女史の疑問はもっともである。突然目の前に正体不明の少女があらわれて、しかも超高性能で精巧な機械化人間だ。

 それでも、彼女が人類の電池そのものであるという事実は機密事項とされている。

 イズミノ陸将の機密を守る義理はないが、ナグモ女史の身に危険が及ぶことは避けたい。


「……詳細は、言えません。今言えるのは、かつてモンスターと戦っていた、退役軍人ということだけです」


「……」


 うなだれるナグモ女史を見て、スイは静かに言った。


「……先生。やっぱりわたし、ラボに行きます。軍からは離れられないけど……迷惑、かけるほうが、嫌だから。無理なこと言って、ごめんなさい」


「……」


 そのまま深く頭を下げるのを、ナグモ女史は黙って見つめていた。そしてゆっくりと口を開く。


「……ゼン。仮にこの子を保護したとして、本当に保護者の方の了承は得ているんだな?」


「はい」


 本当だ。イズミノ陸将は、スイを自由にすると約束した。


「……本当の本当に、誘拐およびそのほかの犯罪には当たらないんだな?」


「はい」


 これも本当。スイを保護するにあたって、ひととおりの法律は調べたし、GPTにも聞いた。

 念のためウダガワ教授にも連絡したところ、「イズミノ陸将に一筆書かせます」という頼もしすぎる返信が来た。


 ナグモ女史は唇を噛んで、そして絞り出すような声で言った。


「……行き先が、見つかるまでなら……」


 その言葉に、俺とスイは同時に顔を上げた。


「……ありがとうございます!」


「よ、よろしくお願いします!」



 布団買わないと……いやまず掃除か……と、何やらぶつぶつ言っているナグモ女史に、スイは焦ったように言った。


「床、床でいいです!」


「人が寝られるような床はうちにはない」


「掃除、します!」


「いや、……どうなんだろう」


 掃除させるのは、児童労働にあたらないか? 16歳って児童か? いや、アルバイトしてる子だっているし……床もさすがに虐待と言われかねん……ナグモ女史は小声でずっと独り言を言っていた。

 そんなナグモ女史のまわりを、うろうろとついて回るスイは、ごく普通の子供のようにみえた。


 手元のGPTは「結論から言うと、児童労働にはあたりません。」と言っていた。


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