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65.交渉


 どうしてここに。

 疑問が声になる前に、ウダガワ教授は続けた。


「イズミノ陸将。軍はいつから警察になったんだ? 一学生を不当に拘束し、あまつさえ暴力をふるうとは、見過ごせんな」


 ウダガワ教授は笑みを浮かべている。

 いつもの穏やかな笑みではなく、言うなれば、仇の首に手をかけているような、そんな顔だ。


「きみの発言はすべて録音しているよ。その気になれば全世界に発信できる。……私のような老人なんて、きみは簡単に殺せるだろうが。……この場で私を殺してもきみの不利は変わらない。リアルタイムでバックアップをとっているし、私の優秀な仲間が、きみの行為を全世界に広めるだろうね」


 イズミノ陸将は怒りに燃えた表情のまま、舌打ちをして、拳を下ろした。

 解放された俺は、掴まれた肩を押さえる——と、手の中に何か、固い感触。

 正確には胸ポケットの中だ、何か固いものが入っている。

 それで、ようやく気づいた。盗聴器と、発信機。——いつの間に、こんなものを。


「きみの狙いが発信されたとて、世間は一時的に混乱するだけで、HETに頼った社会は変わらないだろう。……それでも、軍の権力者が一般人を拘束して、暴行した。警察気取りの越権行為に対して、世間はどう思うかな?」


「……」


 イズミノ陸将は押し黙っている。


 ウダガワ教授の言葉に、そうだ、と思う。

 軍に捕縛されることを、あのときは受け入れてしまっていた。

 しかし冷静に考えれば、市民を逮捕する権限は、軍にはない。

 この国では、そうなっている。


「軍に権力を与えることを善しとする人が、どれだけいるだろうね。軍が過剰な権力を持ち、やがて国を支配する——平和を愛する国民は、かつての大戦を思い出すだろうね」


 人々は決して、平和と繁栄を手放さない。

 とりわけ平和を脅かす存在に対しては、ある種のアレルギーを引き起こし、徹底的に拒否される。



「そういえばイズミノ陸将。軍は最近不祥事を起こしたそうだね。……次から次に不祥事が続くと、そちらも困るだろう」


 軍の不祥事——モンスターが狩り場のゲートを乗り越え、大学構内に侵入した。

 複数名の一般人が重軽傷を負い、結果的に、絶対安全とされていたモンスター処理フローで、事故が起きてしまった出来事から、まだそう時間は経っていない。


「……何が目的だ」


 そう口にしたイズミノ陸将は、険しい表情のまま奥歯を噛みしめていた。

 対照的に、ウダガワ教授は余裕の笑みだ。


「2つある。まずは三波善の解放と、身体の自由の保障。そして、……私の論文を、再び世間に公開することだ」


「……」


 消された論文。

 モンスターを引き寄せる赤子が先に生まれ、それに向かってモンスターが発生するという、真実。


 イズミノ陸将は表情を変えずに返答する。


「一つ目は、即刻行う。二つ目に関しては、……認められない。モンスターを引き寄せる体質の人間が存在する、この事実が世界に知られれば、この国の安全が脅かされる。スイの身体を巡って、世界中で戦争が起こるだろう」


 隣でスイが、息を呑んだ。

 自身の存在が理由で、世界中が戦火に包まれる。それはスイも望まないことだった。


 ウダガワ教授は長く息を吐いて、再び顔を上げた。


「……では代わりに。機械化人間・泉野翠の身体の解放を要求する。認めないのであれば、先程の録音を全世界に公開する」



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