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64.望み



「ならば、どうするというんだ?」


 空間を引き裂いた声に、スイがびくりと身体を震わせる。

 ゆっくり後ろを振り返ると、軍服の大柄な男が一人。


 イズミノ陸将だ。

 軍の一般兵にも秘匿されている空間に立ち入る可能性があるからか、たった一人で、そこに立っていた。


 もう、追いつかれてしまった。


「……おとうさん」


「スイ、その青年を引き渡しなさい。彼はテロ行為を行おうとしている。わたしたちの使命を妨害し、逆らって、——それでも、この国はテロになど屈しないのだから、完全に無駄だなことだ。それどころか……」


 イズミノ陸将は一歩一歩、俺たちに近づいてくる。

 軍靴の音が、長い一本道に反響する。

 逃げ場はない。追い詰められる。


「スイの存在が世間に知れたら、世論はさらにスイを閉じ込めることを望むだろう。……誰も自分の生活を犠牲にして、きみを解放しようなどと思わない」


 イズミノ陸将は、ゆっくりと片手を差し出す。

 スイの意思で、俺を引き渡すことを要求している。


「私はスイのためを思って言っているんだ。国民全員から見放されて、傷つくのは嫌だろう?」


 有無を言わさないその雰囲気に、怒りが湧いてくる。

 この父親は、スイの言葉を、一度でも聞いたことがあるのか。


 スイの細くて小さい手を握る。

 金属の固い感触、冷え切った温度。


 イズミノ陸将にはっきりと、告げなければならない。


「俺がスイを助ける」


 もう、俺は腹を括った。


「誰も犠牲にせずに、スイを解放する」


 この国の犠牲となることを望まれた少女の解放と、1億3000万の命を両立する救済。

 ——お前がやらないのなら、俺がやる。


 イズミノ陸将はふ、と短く笑うと、俺の肩を掴んで、壁に打ち付けた。


「!」


 肩から背中に走る衝撃。コンクリートの壁に骨が当たる感触と、遅れてくる痛み。

 イズミノ陸将の目がギラギラと光っていた。


「お前に何ができる」


「……スイの犠牲を認めるお前には、絶対にできないことだ」


「ふざけるな!」


 イズミノ陸将の強く握った拳が、眼前に振り下ろされた。

 思わず目を閉じるが、訪れるはずの痛みはない。

 目を開けると、スイがイズミノ陸将の右手を抑え込んでいた。


「……やめて。その人にひどいこと、しないで」


 震える体で、それでも勇気を振り絞ったスイに、イズミノ陸将は冷たい視線を向ける。


「……私に逆らうのか」


 スイはその視線を振り払うように、高く叫んだ。


「その人を離して!」



——その声の反響を裂いたのは、何かが地面に当たる音だ。

 一定のリズムでそれは響いた。靴音ではない。

 これは、杖の音だ。


「……そこまでにしなさい」


 その言葉を聞いて、この空間にいる、もうひとりの来訪者に気づく。

 低く落ち着いた、老人の声だ。


「……ウダガワ教授!」


 背中の曲がった老人が、杖をつきながら、そこに立っていた。



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