57.ある機械化人間の独白4
【和暦:緯新21年 大阪市】
「お前はなに考えとるんや!」
バシン、鈍い音とともに、身体が吹き飛ぶ。
「中学生の分際で、酒、タバコ!? お前、母ちゃんが病気でつらい間に何しとるんや!」
はたかれた頬を押さえて、床にうずくまった。
頭上から父の怒声が降りかかってくる。
「家に寄りつかんと、挙句の果てに警察につかまって! 俺は情けないわ!」
その人はオレを見下ろして、頭をガリガリと搔きむしる。
まるで、お前の存在がストレスになっているんだ、そう言われた気分だ。
冷たい床の感触とは裏腹に、腹の底は炎で煮えたぎっていた。
「……中学生やないし」
「はぁ!?」
その人の怒鳴り声を遮るように、腹の底から叫ぶ。
「誰のせいでこんなことになっとると思ってんねん! オレを中学に通わせてから言えやアホ!」
その人は大きく目を見開いて、そしてうつむいた。
「……お前を警察に迎えに行く間、母ちゃん家で一人やったんやで。ほんと、少しは考えねや……」
「……」
そうだ、この人はやっぱり、母ちゃん、母ちゃんって。
少しくらいは、オレがこうなったのは環境のせいかもしれないだなんて、思い至ってもいいはずなのに。
何も見えていない。何も知らない。
こいつなんかより、ティアさんのほうがよっぽど、オレのことを分かってくれる。
もう言い返すのも無駄な気がして、オレはその人の部屋から逃げる。
まだ話は終わってえん、後ろから何か聞こえるが、完全無視を決め込む。
「……母ちゃん」
ベッドに横たわる母は、天井に顔を向けたまま、視線だけでオレを見た。
首には呼吸のための穴が開けられていて、そこから機械の呼吸音が聞こえる。
母はもう、自力で呼吸することも、指一本動かすことも、首を回してオレを見ることもできない。
【ショータ、あかんよ。酒もタバコも身体に悪い。子供ならなおさらや。寂しい思いさせて申し訳ないけど、人に迷惑かけたらあかん】
ベッドの横のモニターに、母が視線で入力した文字が並ぶ。
「……母ちゃんはあの人に、何も思わんの。あの人、オレのこと大事やないやん」
【そんなことない。父ちゃんは優しい人や】
「……」
はー、長い息が漏れた。
もう、この人たちに何を言っても無駄だ。怒りはずっとおさまらない。
それでも、この怒りを病気の母に向けるのは気が引けた。
腹の底で燻る怒りを、ぐっと拳で抑え込もうと、した。
「……?」
ふ、と指先に感じる違和感。なぜだか、拳に力が入りにくい。
ざわり、胸の奥が粟立つような心地。
嫌な予感が、する。
【ショータ、気分悪いんか】
「……当たり前やろ。あの人の顔見るだけで、反吐が出るわ」
嫌な予感を振り切るように、言い訳を吐き出す。
どうしてそう、余計なところで目ざといんだ。もう嫌になって、オレはその場にうずくまる。
【ごめんな、母ちゃんはショータをずっと愛してるよ】
「……」
それにオレは何も返せなかった。
怒りが腹の底からあふれ出して、酷い言葉になって口から出てきそうだ。
それを堪えるのに精いっぱいで、母の視線を振り切って、オレは部屋を出た。
窓から見える道路を、中学の制服を着た数人組が、楽しそうに歩いていた。




