表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/68

41.腹のない赤子


 35年前。伝統的な暮らしを営んでいたある村に、突如モンスターが出現する。


 そのモンスターは村の主要産業を破壊した。

 財産である多くの羊たちが圧死、轢死に近い状態で死亡。

 牧草地を踏み荒らし、文字通り不毛の地にしてしまった。


 そして、人的被害の項目。



2.初期発生時における人的被害


本事案において、以下の4名の死亡が確認された。犠牲者の属性および遺体の発見状況は、本個体群の攻撃対象の選択性を強く示唆している。


A氏(16歳・女性): 発生当日、未明に分娩を終えた直後の産婦。頭部、体幹部、上肢の裂傷。


B氏(0歳・女性): A氏の女児(新生児)。全身打撲、腹部の欠損。


C氏(42歳・男性): 村落自衛組織の指揮官。頭蓋骨の粉砕骨折。


D氏(22歳・男性): 同組織員。C氏と共に警戒中、胸部を圧迫され即死。



3.被害の局所性に関する考察

被害はA氏およびB氏の居住していた住宅を中心に、半径100メートル以内に集中している。

周辺の家屋には物理的損傷がほとんど見られない一方で、当該住宅のみが構造材に至るまで徹底的に破壊されていた事実は注目に値する。【本個体群は、分娩直後の個体(A氏)、あるいは新生児(B氏)が発する特定の物質に対して、極めて強い攻撃衝動を喚起されたものと推察される。】



「モンスターは出産直後の母親、もしくは生まれたばかりの新生児に向かっていった……?」


 被害者は4名。

 警備中にモンスターに出くわした男たち。そして民家の中で出産を終えた母親と、その子。


 被害の中心となった民家の中に、モンスターたちを引き寄せた「何か」がある。

 出産直後の母親か、もしくは子供か。


 ——いや、論文の中に結論は示されている。


 産婦、そして警備隊の男性2人の死因は、モンスターの質量による圧迫や、鋭い爪による攻撃だろう。


 対して新生児の死因は、全身打撲、そして腹部の欠損。



「モンスターは、赤子の体を食べている」



 突如出現した大量のモンスターが向かう先は、一軒の民家だった。

 村人の居住区に向かって真っすぐ走るモンスターを止めようとした男たちは、轢かれて、押しつぶされて亡くなった。

 そうしてたどり着いた民家の中で——モンスターたちは赤子の体を、——

 母親は出産直後の体で必死に、必死に赤子を抱えて……頭や背中、腕の皮膚が裂けてもなお——


 講義での、ウダガワ教授の言葉が思い出される。


『モンスターは局地的に発生し、何か目的地があるかのように、一直線に走っていく。ただ、その目的地は、誰にも分かっていない……というのは、皆さんが知っている通りですな。……ただ、モンスターが向かう先には人間の居住地があり、そして、一部の事例で、その日に生まれたばかりの赤子が死んでいるというのが、私どもの研究で示されておるわけです』


 ウダガワ教授は、その事象を根拠の薄い話であると話していた。

 一部の事例で示されただけの事象。


 モンスターの目的を、はっきりと述べるようなことはしなかった。

 不確定な情報だから喋らなかった。


 だが、本当にそれだけなのか?


「……」


 言葉が見つからない。黄ばんだ紙を持つ手が震えた。


「……ウダガワ教授の論文は、あくまで『可能性』を示すものだ。それを検討するためには、ほかのモンスター出現地点でも、同様の現象を確認しなければいけない」


 退色した文字を示しながら、ナグモ女史が冷静に言う。


「実際、穂積では新生児含めて死者は出ていない。3回目のモンスター出現で軍人に被害は出たが……新生児とはほど遠い人間だ」


 それでも可能性はあると思った。

 穂積に生まれた新生児に引き寄せられたモンスターが、その子を食べようと走っている最中に、軍により駆除された。

 結果的に、その新生児は助かった。


「瑞白の件も説明がつかない。……あの病院は緩和ケアの単科の病院だ。あそこは、子供が生まれるような場所ではない」


 それも断言はできない。

 男性の看護師が珍しくない世の中とはいえ、やはり病院では多くの女性が働いている。

 看護師や介護士の仕事は過酷な肉体労働だ。

 妊娠中の体で仕事をして、事故のような形で出産してしまったということも、ないとは言い切れない。


「そもそも、世界中で毎日、数えきれないほどの子供が生まれている。じゃあどうして、その子たちはモンスターに襲われていないんだ」


 それも完全に否定はできない。

 例えばモンスターを出現させる力を持った子供がいて———



「ゼン、落ち着きなさい。論に合わせて事実を曲げるな」


「……」


 ナグモ女史の冷徹な声に、思考が現実に戻ってくる。


 彼女の指摘の通り、脳が論に溺れていた。

 無理やり現実を歪めて論を補強しようとしてしまっている。

 これでは、モンスター出現は大国の陰謀である、みたいな論者と、やっていることは変わらない。


「……すみません」


「まあ気持ちは分かるが……きみも研究者の端くれだろう。事実を冷静に捉えなさい」


「……」


 何も言い返せない。言葉が詰まって、長い息になって吐き出される。


「とにかく。この論文だって、『モンスターの目的は新生児を食うことである』なんて一言も書いていない。あくまで可能性を示しているだけだ。これ以上のことはこの論文からは読み取れない。実際にウダガワ教授に聞いてみるのが一番早い」


「……素人質問で恐縮なんですが……」


「良いだろう、素人なんだから」


 素人。確かにそうだ。

 汚染物質の除染に関しては専門的な勉強をさせてもらっているが、モンスターの生態については全くの素人である。


 それ言う人で本当に素人なこともあるんだな、と、ナグモ女史は真剣な顔のまま言った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ