42.ウダガワ教授
ウダガワ研究室は、ナグモ研究室とは別の棟にあった。
工学部2号館。HET発電が実用化されたタイミングで、さらなるエネルギー研究をすすめるために、新しく建設された建物だ。
築うん十年の1号館と比べてきれいで、明るい雰囲気がある。
ウダガワ研究室は4階にあると聞いて、階段を昇ることにげんなりしたが、すぐにその気分は晴れる。
1号館とは違い、ここにはエレベーターがある。
エレベーターのドアが開いて、4階にたどり着く。
廊下を照らす電気はまばらだが、それでも雰囲気は明るい。そもそも日当たりが良い。
ウダガワ研究室。ドアの上に掲げられた表札を確認し、2回、ノックする。
「失礼します」
「……どうぞ」
部屋の主に招き入れられ、扉を開けた。
茶色の革張りのソファに、一人の老人が座っている。
老人の背面になっている壁は一面棚に改造されており、本で埋め尽くされていた。
それでも入りきらなかった紙類が、床に横積みされている。
ソファの横には黒い杖が立てかけられていた。
奥にはデスクが一人分。
普段はそこで作業をしているのだろう、パソコンとその横に詰まれているカラフルな表紙の本、『PowerPoint操作入門』。
小難しそうなタイトルの本や論文たちと比べると、どこか歪な印象を受けた。
「まあ、座りなさい。コーヒーでいいかね」
よっこらしょ、と膝を手で押しながら、ウダガワ教授が立ち上がるのを慌てて制止する。
コーヒーは嫌いではないが、彼の脚が悪いことを知っていた。
「今日は……お時間を取っていただき、ありがとうございます」
目上の人に対するマナーとか、社交的なふるまいとか、暗黙の了解とか、そういったものは総じて不得手だ。
だから、とりあえず事前に暗記したフレーズを口から出した。
「先日、瑞白町の現地調査とサンプリングに行ったのですが……そこで観察された事象について、ウダガワ教授のご意見を拝聴したく、伺いました」
「……メールの内容のことだね」
ウダガワ教授の手元には、俺が送ったメールがわざわざ紙に印刷されていた。
別にタブレットでも、スマホでも、パソコンでも見れるだろうに。
ウダガワ教授は胸ポケットから眼鏡を取り出し、紙を目元から遠ざけながら言った。
「超大型モンスター『カグツチ』の軌道をたどると、病院跡——旧『瑞白サンクチュアリホスピス』に至る……この事象を、どう説明するか」
「……」
ウダガワ教授は俺に向き直り、静かに尋ねる。
「きみは、僕の論文を何か読んだかな」
「はい。……紙媒体で入手できるものは限られていたので、一つだけですが。ニュージーランド南島西海岸についての論文を、拝読しました」
ナグモ女史に手渡された、あの紙の束。今日に至るまで、暗記するほど隅々まで読んだ。
険しかったウダガワ教授の表情が、ふ、と緩む。
「……そうか。大変だっただろう、僕の論文は、今ではもう非公開になっているものばかりだから」
「……非公開?」
「まあ、いろいろあってね」
ウダガワ教授はメールのコピーを机に置いて、ソファに座り直した。
「授業でも言った通り、モンスターが発生した場所のうち、確認できた一部では、新生児の犠牲者が出ている。直接遺体を確認できた例はほとんどないから、どうして死に至ったのか……ほかの犠牲者と同じように、モンスターの体に圧迫されたのか、モンスターの鋭い爪で襲われたのか、建物の倒壊に巻き込まれたのか……そこまでは、解明できていなかった」
世界中のどこかで、まるでランダムにも思えるほど脈絡なく、モンスターは出現する。
そして数々の犠牲者を出し、やがてどこかへ消えていく。
「犠牲者の遺体を直接観察できた初めての例が、ニュージーランドの論文に示されている。……内容はきみが読んだ通りだ」
腹部を欠損した、新生児の遺体。
その子をかばうかのように、皮膚が裂けた母親。
集落を守ろうとしてモンスターの列に巻き込まれた、二人の男性。
「モンスターは新生児を食う。そのことを証明するには、数が足りなかった。世界中のどこかでモンスターが発生したという情報を得れば、すぐに飛んで行った。それでも、どうしても後追いになるから……既に火葬された後だったり、骨も残らないほど重大な損壊だったりして、証明には至らなかった」
34年前。当然、地球上のどこかで起きた事象がすぐに確認できる時代ではないし、航空機のチケットを指先ひとつで確保できる時代でもない。
「……22年前。僕はようやく、二度目の遺体確認ができた」
ウダガワ教授は静かなまま、当時の状況を語る。




