表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/83

37.情報収集


 長い身体除染からようやく解放され、俺は研究室へと戻ってきていた。


 デスクに座り、パソコンを論文検索ネットワークに繋げる。

 この大学の教授や学生であれば誰でも使用可能な、ネット上に公開されている大部分の論文が閲覧できるシステムだ。


 検索窓に教授の名前を打ち込む。「宇田川博史うだがわひろし」。

 おじいちゃん先生の名前だ。


 そしてはじき出された検索結果に、俺は息を飲む。


「……ない」


 画面に表示された論文は、全部で12本。そのうちすべてが誰かとの共著で、何人かの名前の一番最後に彼の名前が載っている。

 試しにひとつクリックして、ざっと目を通す。


「……博論だな、これ」


 筆頭著者に名前がない上に、「宇田川研究室」という単語が出てきている。

 どうやら論文の著者は博士課程の学生で、宇田川教授は監修の立場だ。

 それに、引用が0件であるというのも、おそらくこれが名の知れた研究ではなく、埋もれていった研究か、そもそも学生の論文であるということだろう。


 とにかく、その内容は求めているようなものではない。

 モンスターが一直線に何かに向かっている理由に迫るような、そんな論文ではないことは分かる。



「あれ、ゼン。今日は戻ってこないんじゃなかったの」


 背後から声をかけられて、はっとする。

 振り返るとそこにはキシがいた。

 ポケットにスマホが入っている以外は手ぶらで、入り口に佇んでいる。


「いや、そのつもりだったんだが……調べものがあって」



「そう、頑張るねぇ。俺は忘れ物取りに来ただけ。充電器忘れたの」


 キシはデスクのコンセントから充電器を引っこ抜くと、コードをぐるっと巻いてポケットに突っ込んだ。


「キシ、すまんがちょっと見てくれ」


「え?」


 パソコンを示すと、キシは身を乗り出して画面をのぞき込んだ。


「なにこれ」


「うちの大学の名誉教授の論文なんだが……そもそも数が少ないし、見た感じ全部学生の論文なんだ。名誉教授の論文がひとつも引っかからない上に引用もゼロなんて、そんなことあり得るか?」


「いやあ、ないでしょ普通。システムエラーかなんかじゃない? ほかの先生でも検索したら」


 キシに言われるがまま、検索窓に「南雲冴子(なぐもさえこ)」と入力してみる。


「……うわぁ」


 検索結果、192件。

 そのうちおおむね半分が、彼女が筆頭著者である。


 これは誰かの補助ではなく、彼女が研究のメインとなっている証拠だ。


 そして引用が3万回を超えている。

 世界中の研究者が彼女の論文を引用し、研究の基としている。


「システムは別に、普通ってことだな」


「うん、そうみたい。てかやばいね、引用3万って見たことないよ……」


 さすがにナグモ女史の結果は例外中の例外だ。

 彼女が天才だと持て囃される理由はここにあるのだ。


 比べる相手を間違えている感はあるが、とにかく、名誉教授ともあろう人物の論文がここまで少なく、引用もされていないというのは、ありえない話なのである。

 どう考えても、おかしすぎる。


「じゃあ……論文がネットに公開されてないってことじゃないかなぁ」


 キシは神妙な面持ちのまま、いつもの間延びした口調で言う。


「……紙、か」


 Web上で論文が閲覧できるようになったのは、ここ20年の話だ。

 それまでは当然、紙媒体で論文を読むしかなかったという。


 欲しい論文があれば直接かけあって、別刷りのものを郵送してもらう。

 そんなアナログな時代を経て、今ではコンマ数秒で目当ての論文にアクセスできる時代になった。


 おじいちゃん先生は、おそらく70代か、それ以上だ。

 バリバリの現役だった年代と照らし合わせると、論文が紙で発表されていることに違和感はない。


「え、……郵送してもらう感じ?」


「いや。学内にいるだろうから、直接かけあってみる」


「あ、そっか。うちの大学の先生か、その人」


 それでもアナログな方法なことに変わりはないが、郵送よりはマシだ。

 アポをとって、直接話を聞きに行けばいい。


 幸いなことに、おじいちゃん先生のメールアドレスは知っている。

 以前、休講のお知らせが送られてきている。


 また脚を動かす必要が出てきた。

 なんだかどっと疲れて、そのまま机に突っ伏す。


「ゼン、また泊まるつもり?」


「いや、さすがに今日は寮に帰りたかったが……急に疲れた」


 頭が重い。体も重い。なんか背中もずっと痛い。


「いや、今日は帰りなよ」


「めんどい……」


「帰った方がいいって。鏡見てみなよ」


「え?」


 なんで急に鏡? 疑問に思いながらポケットからスマホを取り出す。

 手鏡なんていうアイテムは持っていないので、スマホのインカメで自分の姿を確認する。


「……」


 顔に張り付いた前髪と、不自然なほどの光を放つ鼻と頬。

 そこには油でギトギトの成人男性の姿があった。


「現地調査で汗かいたんじゃないの」


「……」


「いや分かるよ。誰だってそうなるでしょ、多分。なんかごめん」


「……謝らないでくれ……」


 身なりを気にしないほうであることは自覚しているが、さすがにこれは酷い。

 見る者に不快感を与えるレベルだ。


 さすがに今日は寮に戻って、シャワーを浴びなければいけない。


「……研究室に風呂があればいいのにね」


「ああ。本当に……食べ物も寝る場所もあって、風呂だけがないからな、ここ」


「風呂まであったら住んじゃうのにね」


「家賃も浮くしなぁ……」


 疲れすぎて、中身のない会話しかできなくなってしまった。


 今日はさすがに帰ろう。

 脳裏には退院時に厳しい看護師から強く言われた、「しばらく患部を清潔に保って、毎日軟膏で処置してくださいね」との言葉が思い出されていた。


 やりたいこと、やらなきゃいけないことが多すぎる。人生、時間が足りない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ