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38.学生寮にて


 この大学の学生寮は、見た目も中身もごく普通のアパートである。


 5階建て、1K。

 もちろんオートロックなんてものはついていないものの、それなりに綺麗に整備されていて、エレベーターつき、風呂トイレ別。

 学生が一人暮らしするには十分すぎる。


 同じ見た目の建物がずらりと並び、団地のような様相を呈している。

 ここには防衛学部の学生と、工学部の学生が詰め込まれている。


 大学外、ひいては穂積市外に出るには、モンスター多発地帯を抜ける必要がある。

 市外に続く地下道路が引いてあるものの、セキュリティの観点から、毎日通学に使用することは非現実的だ。

 そのためこの大学に通う学生と、職員全員が穂積市内の寮で暮らしている。



「カサマツ、助けてくれ」


「……え、なんやこんな時間に」


 すっかり日も落ちて、夜といって差し支えない時間だ。

 

 カサマツと俺の部屋は隣同士である。

 学部も年齢も違う俺たちの、最初の接点はここだ。

 インターホンに反応して気だるそうに出てきたカサマツは、変な時間に尋ねてきた俺に怪訝な顔を向けた。


「風呂貸してくれ。お湯が止まった」


「何回目やねん」


「電気代払うの、また忘れた。毎回悪いな」


「引き落としにすればええやろ……」


 カサマツは仕方なく、俺を自宅に招き入れてくれた。

 学生生活の中で、電気が止まるのは一度や二度ではない。

 電気代が払えないほど困窮しているわけではないのだが、どうしても、振込を忘れてしまう。


「ええけど、風呂の掃除なんてしてへんよ」


「いや、いい。うちの風呂より100倍綺麗だ」


「なんで生身の奴のほうが風呂汚いねん。毎日使うやろ」


 機械化人間は入浴もしない。


 ある程度の防水機能はあるものの、基本的には精密機械である。

 発汗も皮膚の代謝も存在しないため、そもそも入浴の必要はない。

 カサマツの家の風呂場は開かずの間になっている。


 カサマツの部屋は物が少ない。

 食事も入浴も必要としないため、カサマツの部屋は小さな机と普通のベッド、数点の制服と訓練着、ボディをメンテナンスするための数点の雑貨しか置いていない。

 床中に物が散らばっている俺の部屋とは大違いだ。


 もう数年前になるか。

 部屋の鍵を落としたとかで、朝方に絶望の表情で部屋の前に座り込むカサマツと出会ったのが始まりだ。

 ひとまずスマホの充電だけでもさせてほしいと言うので、俺の部屋に上がらせたのが初対面だった。



「カサマツが寮にいる時間でよかった」


「せやねん。最近、時間外出勤が減ってん。イズミノ陸将がトップになってから、ちゃんと仕事時間と休憩時間が分けられるようになったわ。今はまだ大学の復旧作業があるけど、それが終わったら時間外の呼び出しもほぼ無くなるらしいしな」


「そうか。……よかったな」


 イズミノ陸将は、軍の待遇改善を掲げているらしいとは、以前カサマツから聞いた話だ。

 その言葉通り、以前のような急な出動要請は減少傾向にあるらしい。



 シャワーを浴びる。

 

 汗で全身がベタベタだ。

 まとわりつくような不快感をお湯で洗い流す。


 そうしながら、考える。


 スイはどうしているだろうか。

 スイが姿を現さなくなってから、およそ2週間が過ぎている。

 そこまで長い時間ではないかもしれないが、それまでは講義で毎週、そのあとは勉強会で頻繁に顔を合わせていた。


「……あ」


 頭を流し終わったところで、ひとつ、気づく。



「カサマツ、マリノの連絡先知ってるか?」


「え? 知ってるけど」


 シャワーを終えて脱衣場を出る。

 スマホを眺めていたカサマツは俺に向き直って、意外そうな顔をした。


「珍しいな。なんで?」


「ちょっと用事があって。連絡先を知りたいんだ。いや、マリノにというか。マリノの知り合いに用事があるだけなんだが」


「別にええと思うけど。一応、本人に教えてええか聞いてからにするわ」


 カサマツはすぐに黄緑色のアイコンを開いて、何やら文字を打っている。

 視線はそのまま、インスタやってへんのやろ? と聞かれるが、もちろんやっていない。

 入院中に登録だけしたが、楽しみ方が分からなかったため、速攻でスマホからアンインストールした。


 スイに連絡がとれず、マリノの連絡先も知らず。

 詰んだと思っていたが、普通にカサマツに聞けばいいだけだった。

 どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだ。


「返事きた。今送るわ」


 ぽぽぽん、スマホが鳴って、連絡先が送られてくる。

 marino.の文字と一緒に表示される、花の絵文字に面食らった。


「うわぁ、……」


 なんか、女子だ。


「なんやねんそれ」


 カサマツは呆れたように笑った。

 俺のスマホには、母親とナグモ女史くらいしか女性の連絡先が入っていない。


 これが今考えられる唯一の、スイの様子を知るための道だ。




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