32.実地調査1
軽トラックに揺られながら、かつての田園地帯を窓から眺める。
災害以前は国道だった二車線の道路はところどころひび割れたきり、放棄されている。
特に大きなひびを避けながら、ナグモ女史の私物だという軽トラックが、ぐねぐねと走っていた。
町のすべてを覆っていた白い雪は跡形もなく溶けきって、放棄された農地に大きな水たまりをつくっていた。
暗くどんよりとした空は独特の湿った空気をまとっている。
春の空気にあてられているはずの畦道には、雑草すら生えていない。
植物や小さな虫も含め、ほぼすべての生物が適応できない、強力な汚染。
盆地をぐるりと囲むようにそびえ立つ山々には草木一本すら生えず、茶色の山肌が露出していた。
保水力を失った斜面はところどころ大規模に崩れ、大きな岩や大量の土砂が流れ落ちている。
生き物の気配がしない、死の町。
それでも枯れ木や動物の死骸の類はほとんど見当たらないため、一部生き残った微生物によって、有機物の分解くらいは行われているのだろう。
何度か訪れているここ——瑞白は、8年前の大災害により、一晩で死の町となった。
「……昨日も説明したが、ここに居られるのはせいぜい2時間が限度だ。時間内に事前に決めた7か所の土壌を採取する必要があるが……もし雨が降ってきたら、すぐに撤退する。防護服はある程度の防水性があるが、万が一浸水したら危険だからな。雨水も含めて、空気中で汚染物質を吸着している可能性がある」
防護服越しのこもった声で、ナグモ女史が淡々と説明する。
顔も含めて全身を覆う防護服は、目の周りだけが透明なアクリルでくりぬかれており、目元以外はまったく見えない。
呼吸用の通気口はあるものの、フィルターで幾重にも覆われているため、独特の息苦しさがある。
「……めっちゃ降りそうですけど」
「え?」
「めっちゃ降りそうですけど!」
普段の声のボリュームで会話しようとすると、お互いに聞き取れない。
気持ちばかりの通気口以外は密閉されているため、コミュニケーションのたびにいちいち声を張り上げる必要がある。
分厚い雲が上空を覆い、太陽光を遮っている。
日中なのに薄暗く、俄然町を覆う「死」の雰囲気が強調されているような気さえする。
「予報では、午前中のうちなら大丈夫だ。というか、リスケしたらその分研究が遅れる。立ち入り調査の許可取りは面倒なんだ、いろいろと」
「……はあ……というか、この服、相変わらず重すぎ……」
「え?」
「服が重いって話!」
簡単な会話にすら苦労する。
この服は今までに何度か着ているが、未だに慣れることができない。
しばらく進むと、道が急に途切れた。
二車線あるうちの1.5車線くらいの幅が、風雨にえぐり取られている。
左側の崖下に、おそらくガードレールだったであろう白い瓦礫と、アスファルト混じりの土砂が見えた。
「……去年来たときはまだ道があったんだが、ここからは車じゃ無理だな。……歩くぞ」
残された道を、縦に並んで歩く。
アスファルトはところどころひび割れたきり、放置されていた。
今歩いている足元だって、いつ崩落してもおかしくない。
崖下に転がり落ちる危険があり、この高さでは無事では済まないだろう。
道路脇には焼けて炭になった建物が見える。
一部のコンクリートの基礎が残っているが、風雨に晒されて崩れていた。
長い鉄筋は大きく変形している。
カグツチの炎で溶けたのか、はたまた雪の重みでつぶれたのかは、分からない。
普段暮らしている穂積も国内有数の豪雪地帯と言われるが、瑞白ではそれを超える、ときには4メートルを超えるような積雪がある。
それが理由で、一時はスキーリゾートとして栄華を極めたわけだが。
「……まずは一か所目」
しゃがみこんで土を掬おうとする俺を、ナグモ女史が手で制止した。
かわりにナグモ女史が下方へ手を伸ばす。
ナグモ女史は山の斜面の土をひとつかみ取って、強化カーボンでコーティングされた立方体の箱に入れた。
ナグモ女史が開発した、汚染物質を通さない性質のジェルが配合されている小さな箱。
この辺りは小高い丘の陰になっていて、比較的汚染が少ないと思われる。
雪解けで湿った土に指の跡がくっきりついた。
「この辺りは水分が多いな……防護服越しなら安全だと思うが、万が一のこともある。きみは湿った土には触らないようにしなさい」
「……いや、それじゃあ、俺がついてきた意味がないです」
「箱は重いから、荷物持ちだけでも助かる。……あとは、私に何かあったときに、救助だけ呼んでくれ」
前回も、前々回もそうだった。
本当に危険な作業は、ナグモ女史自身が行う。
ナグモ女史が開発した防護服、身体除染装置。
そしてナグモ女史が行っている研究に、彼女自身で責任を負っている。
自然豊かなこの場所で、かつては誰もが土に触れていた。
農耕、土木工事。子供たちは、ほかの場所と同じように、土に触れて遊んだに違いない。
それでも町全体が汚染された今では、それすら危険な動作になっている。
「……次に行くぞ」
「はい」
ナグモ女史の後ろをついて、ひたすら歩く。
春真っただ中の曇りの日とはいえ、密閉された防護服の中では、肌の上を汗が伝った。




