33.実地調査2
軽トラックで、ときには徒歩で、町中の土を採取して回った。
災害前はほかの地方の田舎町と同様に、人口減少の波を正面からかぶっていた、人口7000人ほどの小さな町だ。
まだ生き残っている道路を軽トラックで走る分には、すぐに町中くまなく移動することができる。
あらかじめ設定した7か所のうち、すでに6か所の土壌を採取することができた。
残すところはあと1か所であり、残り時間は30分といったところで、帰る時間を考慮しても、順調といえる。
また幸運なことに、予報通り、今のところは雨にはなっていない。
「……ここから先は、汚染濃度が高い。カグツチ本体により近づくぞ。体調に異変があれば、すぐに言いなさい」
去年実地調査に同行したときには、訪れなかったエリアだ。
過去三回の調査では、汚染濃度が低い地域ばかりを回っていた。
今回初めて、高濃度汚染地域に足を踏み入れる。
ハンドルを操作するナグモ女史の手が、ぐっと握りこまれる。
左側をみると、国道に並走するように、幅数メートルにわたって一直線に、地面がえぐり取られていた。
「……川ですかね? 枯れてますけど」
「……いや、違う。あれはカグツチが歩いた跡だ」
そう言われて、目を見開く。
確かに、川底かと思った部分に堆積物はみられない。
光沢を帯びた溶岩かガラスのような、ツルツルとした質感に覆われている。
カグツチ本体の超高温によって、周りの建造物だけではなく、土すら溶けだしたのだろう。
「……クソ、ここからは歩きだ」
並走する道路を覆うアスファルトもまた溶けて、広い範囲に流れ出していた。
道路の構造を成していない、完全な不整地。
緩やかな上り坂を上りきったところで、俺たちは車を降りた。
俺たちは、小高い丘の上にいた。ここからは災害に襲われた、瑞白町の景色がよく見える。
鈍く輝くカグツチの通り道は、ずっと向こうまで、一直線に続いている。
その道の終点で横たわる、土色の大きな生き物——まるで映画に出てくる怪獣のような、超巨大モンスターの、本体。
「あれが、……カグツチ」
「そうだ。……あのときのまま、形を残している」
目を開けたまま、うつぶせに横たわっている。
見開かれた瞳は白く濁り、半開きの口の隙間から、鋭い牙が覗いていた。
太く発達した後ろ脚を中心に、体のあちこちに、大きな穴が開いている。砲撃の跡だろうか。
あれが、大災害をもたらした、カグツチそのものだ。
「……本体の周辺は特に汚染が強くて、微生物さえ死滅しているのだろう。……きれいに残っている。今までも、そしてこれからも、永久に、土に還ることはない」
「……」
カグツチの開かれた瞳は、目の前の瓦礫の山を見つめている。
そしてカグツチの通り道は、まっすぐ瓦礫にむかって伸びていた。
まるで何かに吸い寄せられるように、どこか目的地へ最短ルートを通るように。
「……先生、あの道の先の瓦礫。あれ、もともとは何だったんですか」
田舎町に似合わない、大きな建物だ。
向かって右側は大破し、一切の形を保っていない。
左側にかろうじて残った建物の一部をみるに、3階建てか、それくらいに思える。
「ああ、あれは病院だ。……単科の、緩和ケア病棟だけがある、病院。不治の病に侵された人々——特に関東圏の富裕層が、自然豊かなこの場所で、穏やかに最期を迎えるための施設」
緩和ケア病棟。聞き慣れない言葉だが、聞いたことはある気がする。
記憶をたどっていくと、どこかで見たドキュメンタリー番組に思い至った。
積極的治療はせず、病に伴う苦痛やつらさを取り除くことが目的の病院。
一般的に、ホスピスと呼ばれているものだ。
「……調べたんですか」
「いや、知っているだけだ。……瑞白のことは、よく知っている」
「……」
ナグモ女史は、瑞白に詳しかった。
事前に設定した土壌の採取ポイントに向かう時も、一切道に迷う様子がない。
無人となった山奥の町だから、当然電波なんてなくて、マップを使うことができない。
紙の地図さえ持たずに、どうしてそんなに進めるのかと疑問だった。
研究者として何度もここを訪れているというから、そのためだろうか。




