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3.高エネルギー体


「というか、お前は何してるんだ、こんなところで。食堂に用事なんてあるのか?」


「いや、待ち合わせをしてて——あ、あの子や」


 カサマツは遠くに座っている女子学生に、手のひらを振った。

 女子学生はカサマツに気づくと、ぱたぱたと小走りで近づいてくる。



「おはよう、マリノ」


「おはよう。これ、頼まれてた左手の調整終わったから」


 大学近くの雑貨屋の紙袋に、機械の左手首から先が入っている。

 マリノと呼ばれた女子学生はそれをカサマツに手渡すと、スマホを手に取って支払いアプリを開く。


「材料費が高くついちゃった。やっぱり手ってパーツ多いから」


「せやんなあ……まあ、よそに頼むより全然安いし」


 カサマツは慣れた手つきでスマホで金額を入力する。マリノは「はい、確かに」と画面を見ながらうなずいた。



「やっぱり最初に言った通り、親指の第一関節が歪んでたよ。このあたりは手の中でも一番精密なところだからね、無理するとすぐに壊れるから。これに懲りたら、ちゃんと耐荷重守ってね」


「いやぁ…………気いつけてはいるんやけどな。どうしても利き手じゃない方は忘れがちっていうか…………」


「そんな機械化あるある知らないから。いいから守ってよね」


「うす……」


 普段調子のよい男であるカサマツは、このマリノという女性には弱いようだった。


 機械化のことは詳しくは知らないが、やはりいろいろデリケートらしい。

 マリノの言うことはただただ正論に聞こえた。


 そしてマリノのぱっちりとした目が、俺に向けられる。

 ウエーブがかった茶色の髪に、長く上向きの睫毛。

 今どきの女子大生を体現した瞳を向けられて、一瞬で居たたまれなくなってしまう。


「ごめんなさい、話し中だったよね」


「いや、……」


 思わず目を逸らす。同年代の女性と話すのは苦手だ。

 自慢にもならないが、中高一貫の男子校から男だらけの工学部に進学した身であるので、母親と研究室の教授くらいしか、女性と話す機会がない。


「こいつはゼン。工学部の修士2年やけど、飛び級してるからオレらより若くて、まだハタチやねん。普段は研究しかしてへんけど、ええ奴やから、会ったら仲良くしたって」


 そんな俺に気づいていないのか、カサマツは勝手に俺の紹介を始める。

 無責任に仲良くとか言うなよ、社交辞令だとしても、女性と仲良くという未知のものを目の前にお出しされて、何も言えない。

 慌てて焼き鯖を、白米と一緒に口に入れる。


「私はマリノ。看護科卒だけど、今は工学部で機械化人間工学の研究をしてるの。機械化人間の看護に興味があって、機械化のことも勉強中なんだ。だから結構工学部の授業も取ってるの。もし会ったらよろしくね」


 機械化について勉強中というのはきっと、マリノの謙遜だろうと思った。


 工学部の必修科目で機械化人間学の授業は受けたが、理屈だけは理解したものの、実際に機械化人間のボディをいじるのは俺には無理だ。

 ほかの人であっても、少し習った程度では機械化人間の制御なんて到底できない。マリノは相当勉強して、かなりの実践を積んでいるはずだ。



 いたたまれない空間を割いたのは、カサマツのスマホの通知音だった。


「うえ! 出勤や!」


 軍支給の個人端末。そこから緊急事態を思わせるアラームが響くと、カサマツは慣れた様子でそのスマホを開き、内容を読み込む。


「え、今から仕事か?」


 俺は思わず尋ねる。まだ朝食にも早いような時間帯だ。


「そう。狩場に大型出たらしいわ。この時間やし、人足りてへんねんな」


「そうか、気を付けて」


「おお、ありがとな」


 カサマツは慌ただしく荷物をまとめて、食堂を飛び出していった。

 学生の身でありながら軍に所属し、狩場に湧いたモンスターを処理する。給与をもらいながら勉強をする、ある種の特待生だ。



 マリノと残されて、率直に気まずい空気が流れる。

 女性とうまく話すことはできないが、気まずい沈黙に取り残されるのはもっと耐えられない。

 何か話そうと必死に話題を探すが、男子校のコミュニケーションを引きずったまま大人になってしまったので、何も話題がない。

 高校時代の鉄板のすべらない話はあるが、内容があまりにも男子校すぎる。


 マリノのほうは顎に手をあてて、何かを思案しているようだった。


「ゼンくん、どう思う?」


「え?」


「HETのこと」


「……」


 HET。高エネルギー体。人類のエネルギー問題を一挙に解決した救世主。


 突如出現したモンスター。

 農地を荒らし時折人間のことも襲う厄介者だったが、体内に高エネルギー体と呼ばれる物質が発見された。

 今ではそれを利用して、地球上の9割の電力を賄っている。


「確かに、もうHETなしでは生きていけないんだろうけどさあ、」


 そう言ったマリノの目は遠く、カサマツが出ていった食堂の扉を見つめていた。


 学生の身でありながら戦いに身を投じていく、防衛学部の特待生たち。

 HETが開発されモンスターと戦う必要に迫られるまで、遠い国の出来事だと思われていた、命のやりとり。


「ま、言ってもしょうがないんだけどね。ごめんね」


 パーツが壊れないように注意しながら戦っていると、以前カサマツは言っていた。

 それでも平和に生きる機械化人間に比べて、比べ物にならないほど消耗が激しく、交換頻度も高い。

 ほかの生徒たち、生身の人間たちだって、同じく危険な状況で戦っている。

 しかも人間は、怪我を負ったからといって、体を交換することはできない。


 HETの登場で、この世界はよくなった。本当に?

 この世界はいつだって、誰かの犠牲の上に成り立っているのだ。



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