27.イズミノ陸将について
入院14日目。
背中の抜糸が無事に終わり、ついに絶対安静が解かれた。
院内の売店や自販機コーナーくらいであれば、一人で行ってもいいらしい。
点滴はすべて外され、代わりに飲み薬が増えている。
体をひねるとちりちりと皮膚が引きつれるが、恐れていたほどの痛みはなかった。
娯楽に飢えているため、売店に並ぶ商品を眺めているだけでも少し楽しかった。
今日だけで何度も、意味もなく売店まで歩いている。
それを咎める人はおらず、むしろリハビリを兼ねてたくさん動いた方がいいらしい。
そんな中、カサマツが病室を訪ねてきた。
「大学の復旧作業がようやくひと段落ついたから、やっと来れたわ」
カサマツはふう、と息を吐き、ベッドサイドの丸椅子にドカッと座る。
「思ったより元気そうで良かったわ。なに、もう歩いてんの?」
「そうだ。今日から解禁された」
「リハビリも兼ねてって感じか。退院見えてきたん?」
「ああ。とりあえず様子見て、問題なかったら1週間後に退院」
「おお。よかったやん」
カサマツもカサマツで、この2週間は大変だったらしい。
不祥事を起こしてしまった軍の中はバタバタしていて、一時は指揮系統が混乱していたそうだ。
狩場や大学内の破壊された箇所の片付け、修繕。
それに加えて普段通りのモンスター処理の仕事もあるのだというから、軍内の阿鼻叫喚っぷりは想像できる。
「そういえばカサマツ。新しく施設長になった、イズミノ陸将ってどんな人なんだ?」
俺の質問に、カサマツはうーん、と少し考えるそぶりをした。
「俺はあんまり関わりないけど、評判はめちゃくちゃええよ。なんか、俺らの待遇改善してくれるらしい。訓練所のトイレ、あそこめっちゃ古かったんやけど、施設長がイズミノ陸将になってから、改修工事が速攻で決まったしな。噂やけど、来年度から給料も上がるらしいし」
まあ俺、トイレ使わんのやけど。そう言ってカサマツはカラカラ笑う。
機械化人間ジョークか、反応しにくい。
「今回の復旧作業も、現場入って直接指揮とってるわ。偉い人やのに、下っ端の俺らにも声かけてくれるし。この間、名前呼ばれてビビったわ……あの人、一緒に仕事する奴の顔と名前、全員分覚えてんちゃうかな」
「……それは、凄いな」
「まあ、天下りの役人よりはよっぽどええわ。前の施設長は東京から指示出すだけで、現場のこと何も知らんかったし。前が悪すぎたのもあって、今俺らの中でイズミノ陸将を悪く言ってる奴はおらんよ」
天下りの役人。テレビで見た、深々と頭を下げる白髪の男が思い出される。
彼に比べて、イズミノ陸将は好意的に受け取られているらしい。
「……そうか、分かった」
「まあ、ちゃんとしてる人やと思うから。今回のお前への補償も、ちゃんとあるやろ。元気出せ、な」
カサマツの金属の手のひらが、俺の二の腕をぽんと叩いた。
別にそのことを心配していたわけではないのだが。
まあ、カサマツの言う通り、今回の件では、入院費とお見舞金が軍のほうから出るらしい。
あのときは病室を訪ねてきた軍の弁護士に心底びびったが、俺にとって悪いようにはならなかった。
カサマツはイズミノ陸将を、ちゃんとしている人だと評した。
率先して現場に立っている、頼れる上司という感じか。
スイのあの怯えた顔とは、どうもイメージが合致しない。
それに、自分の娘に全く教育を与えず、そればかりか最前線に送り込んでいることも。




