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23.痛み


 マリノと入れ替わるようにして現れたのはスイだ。

 帽子を深くかぶっている。顔を含めて一切肌を出さずに、すべてが布できっちりと覆われている。

 季節外れのオーバーサイズのポンチョを着ているため目立たないが、よくよく見ると左腕がない。


「スイ!?」


 ボディの修理には随分とかかると聞いていた。もう動けるのか。

 スイは、初めて研究室を訪れた日のように、俯いて、黙り込んでいた。


「スイ、来てくれたのか?」


 スイはこくん、頷いて、病室の入り口で立ち尽くしている。

 背中に響かないように慎重に左手をあげて手招きすると、ようやくスイはこちらに歩いてきた。

 先ほどまでマリノが座っていた丸椅子に、スイも腰かける。


「……暑いだろう、脱いでいい」


「……わたし、暑いとか、ないよ」


「いや、顔が見えない」


 スイは逡巡して、ゆっくりと帽子をとった。

 現れた顔は、頬のあたりの人工皮膚の一部が裂けたままで、間からむき出しの金属が覗いている。


 色素の薄い髪が春の陽気に照らされて、はじめてスイを見た時もそうだったなあ、と思った。

 さほど時間は経っていないはずなのに、随分と前のことみたいだ。


 まっすぐに目を合わせると、翡翠の瞳がみるみるうちに歪んでいった。

 涙は流せなくても、泣いているのだとすぐにわかる。


「い、生きてる、よかった。ゼン、いっぱい血がでて、はなしかけても、返事しなくて、わたし、わたし……」


 震える声で、スイは言う。ひとつひとつ、言葉をこぼしていく。

 話すことが得意ではないスイが、一生懸命、伝えようとしている。


「生きてるよ。きみのおかげで助かった。ありがとう……戦わせて、ごめん」


「ううん。わたしが、ゼンに、謝りたいの。大けが、させちゃったから」


「きみのせいじゃない。謝らないでくれ」


 スイはきゅっと目を閉じて、首を横に振った。


「ゼンを、守りたかったのに」


 えぐえぐとしゃくりあげながら泣くスイ。

 こういうとき、どうすればいいのだろう。目の前で泣く女の子を泣き止ませるには、いったいどうしたら。


 ふと、思い至って、スイの肩に手を伸ばす。そしてそのまま体を引き寄せた。

 自分が起き上がれないから、スイにこっちに来てもらうしかない。


 スイは驚いたように固まって、されるがままになっている。

 中型モンスターに引っ張られる程度では倒れないスイが、けが人に肩を抱かれただけで、胸に倒れこんできた。


「……守られたよ、きみに」


 スイが居なかったら、俺は最初にモンスターに出会った時点で死んでいた。

 だから、どうか泣かないでほしい。自分を責めるようなことは、しないでほしい。


「ゼン、」


 固まっていたスイが動き出し、ゆっくりと俺に寄り添った。

 一瞬腕を背中に回しそうになって、所在なさげに右手を彷徨わせる。そしておずおずと、洋服を控えめにつかんだ。


「ゼン、守ってくれて、ありがとう……」


「うん」


 スイ。俺はきみとちがって、勇敢ではないし、強くもない。知らないことばかりだ。


 あのとき、必死にきみの身体を覆うことしかできなかった。

 傷ついていくきみをみるのが、自分が死ぬことより恐ろしいように思えた。


 だから俺は、俺ができる方法で、きみが傷つかない世界に変えたい。


「スイ。俺と一緒に、本当にきみがしたいことを探そう」


 どんな事情があるかは分からないけれど、贖罪のために戦うことを望むなんて、そんな悲しいことを言わせないように。

 きみを利用するために、きみの罪をあげつらって、責める大人の言うことなんて、本当は聞かなくていいんだ。


「……ゼンと、いっしょに?」


「うん」


 スイは少し考えて、そして、ゆっくりうなずいた。


 スイの身体の重みで、背中がちりちりと痛かった。

 それでも、スイの痛みや孤独に比べたら、なんでもないことなのだと思った。


 冷たい金属の感触が、俺の身体に触れていた。

 わからないことだらけだけど、スイが傷つくのを見たくないことだけ、本当だと思った。


 遠くの山の白は少しずつ消えて、鮮やかな青が見え始めている。

 春の日差しが、スイと俺を照らしていた。


 スイを救いたい。ただ、そう思った。


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