22.怒り
「……どうしてスイが、戦わないといけないんだ」
怒りに任せて、低い声が出た。
「あんな子供に戦わせて。あんな危ないところに身を置かせて、彼女がそれを望んでるのか? 何か事情があったとしても、どんなに強くても、子供を戦わせていいわけがないのに。結局は大人の都合だろ。碌な教育もせずに。スイは、自分の名前も書けなかったんだ。戦いさえなければ、勉強でも遊びでも、好きなことができるだろ」
軍の最高戦力として、彼女は重宝されているのだろう。
ナイフ一本でモンスターを切り裂いてしまう強さ、臆さない勇敢さ、そして何よりも、大人によって作られた無知。
機密情報を漏らさないように、彼女が何も知ることがないように。
彼女は文字さえ与えられず、大人の都合で、戦わされてきた。
まだまだ言い足りなくて、ベッドから身を乗り出そうと、体を起こす。
……瞬間、背中に激痛が走った。
「い゛っっってぇ!」
「あー! 痛いに決まってるでしょ、ちょっと、ちゃんと横になって」
渋々、再びベッドに体を横たえる。
心臓がばくばくと鳴っている。こんなにやるせない気持ちになったのは初めてだった。
大人の都合で戦わされている少女。
本当は学ぶことが大好きで、ふつうの少女と同じように笑うのに。
やるせなさと痛みで、涙さえ出てきた。
涙で滲む視界越しに、マリノと目が合う。
ふ、と視線がすぐに逸らされて、気づかないふりをしてくれているんだろう。
「ゼンくんの言う通りだよ。本当に、皆、あの子をいいように利用して。本当なら守られないといけない、ただの子供なのに……そんなこと、ずっと前から分かってるんだ」
マリノは体を横に向けて、窓の外を見る。春の暖かい光が差し込んでいた。
「でも、スイは戦うことを望んでるんだ。何もできないより、戦いたいって、言うんだよ……それが自分の贖罪なんだって。……でも、そんな難しい言葉を、スイが知ってるわけないもんね。だから誰かほかの人に、言われたことなんだと思う。……けど、身が滅ぶまで戦い続けるのが、スイの望みなんだって」
どうして、と思う。
身が滅ぶまで。いつか、生身の心臓が止まるまで。
永遠とも思えるような、長い時間。傷つきながら戦い続ける。
何かの罪をあげつらって、それを赦されるためにと、そう、思いこませた大人がいる。
「……ごめん」
冷静になって、マリノに謝罪する。
マリノの言葉は、スイに対する罪悪感と愛に溢れているように聞こえた。
俺よりもずっと長い時間をスイと一緒に過ごしているマリノは、ずっと、スイに対してやるせない気持ちを持ち続けているのだろう。
「ううん。……私も、私がやっていること、正しくないって思うよ」
自嘲するみたいに、マリノは笑った。
「スイがね、文字を教えてもらうんだって、めちゃくちゃ喜んでたんだ。それ見て、私、止められなかったよ。あんまり嬉しそうだからさ。文房具一式とノート、買ってあげちゃった。本当は駄目なんだけどね」
ピンク色のペンケース、三角えんぴつ、青白黒のスリーブに入った消しゴム、チューリップの写真が表紙の学習帳。
文字を初めて習う子供が真っ先に買い与えられるセットを手に入れたスイは、きっと嬉しかっただろう。
俺も、小学校入学のときに親にはじめて買ってもらったペンケースの色は、いまでも覚えている。
「あ、私そろそろ離れようかな……もうじき、来ると思うから」
「え?」
「急ごしらえでとりあえず、右脚くっつけただけなんだけど。……来るって聞かなくて」
マリノは唐突に立ち上がって、カーテンの外を窺った。
来るって、なにが。そんな疑問を浮かべた矢先、ゆっくりと2回、扉がノックされる。
「はい」
そう返事をすると、静かに扉が開かれた。




