20.襲来3
いてもたってもいられなくて、俺は講義室の扉を開けた。
彼は強い、それは見ていればわかる。
それでも、こんな大けがを負ってしまったら、戦い続けるのは無理だ。
彼を、逃がさなければ。
転びそうになりながら講義室を飛び出す。
そこで初めて、扉のガラス越しではなく、直接見た彼に、出血がないことに気が付いた。
床に転がっている前腕からも、彼の肘の断面からも、出血がない。
かわりに、本物と見まがうほどに滑らかな人工皮膚が千切れ、金属のパーツと銅の配線が露出していた。
その光景に、息を呑む——彼は、機械化人間だ。
「……あはは、」
彼は、床に転がった自分の前腕のパーツを見ながら、高く笑った。
「あははははは!」
心底楽しくてたまらない、そんな笑い声。
彼は再び走り出すと、片手で次々とモンスターを切り裂いていった。
その声を聞いて、まさか、と思う。俺は、「それ」を知っている気がした。
いや、でも、まさか。そんな、ありえない。
無数のモンスターが彼に向かっていくけれど、彼はそれを避けることさえしない。
脚を噛まれようが、頭を殴られようが、お構いなしに切り続ける。
モンスターが減っていく。それに合わせて、彼の身体はどんどんボロボロになっていった。
噛まれた皮膚はめくれ上がり、金属の冷たい質感がのぞいていた。それでも、彼は止まらない。
子供のような笑い声を上げて、自分の身体よりも大きなモンスターも、足元めがけて視覚から飛び込んでくる小型モンスターも、鮮やかに処理していく。
まるで踊っているようだと思った。
その度に噴きあがる液体を拭うこともせず、彼は踊り続ける。
そうして視界を埋め尽くすほど大量にいたモンスターは、死骸の山となっていた。
彼は一体の大型モンスターの前に立ちはだかった。
校舎内に侵入した中でひときわ大きなそれは、姿は熊に似ているものの、現実ではありえない大きさと、それを覆う緑色の体毛をしている。
窓や教室の扉を次々破壊するパワーを持ちながら、動きが遅いように見えた。
少年は地面を蹴りこんで、大型の首元に飛び込んでいく。
そしてナイフを突き立てるが——
摩耗したナイフは、モンスターの皮膚を裂くことはなく、継ぎ目のところから二つに折れた。
モンスターが頭を振りかぶって、少年の右脚に噛みつく。
そのまま彼の大腿を引きちぎって、床に放り投げた。
がちゃん! 音を立ててパーツが散る。
彼の小さな体は吹き飛ばされ、その拍子に、少年の顔を覆っていたフードが脱げた。
ああ、と思った。
その顔を、俺は知っている。暗くて顔ははっきり見えなくても、それでも、わかる。
笑い声を聞いて、もしかして、いやあり得ないと、一度は否定した可能性。
彼——いや、「彼女」は地面に倒れたまま、片方の手足を失ってもなお、それでも壊れたおもちゃのように笑い続けている。
「……スイ!」
気づけば俺はスイと大型の間に飛び込んで、スイの身体を覆っていた。
機械化人間といえど、心臓部、基幹部が破壊されたら終わりだ。
スイの機械の心臓を守りたかった。彼女がこれ以上傷つくのを見たくなかった。
どうかしていた。俺は激しく後悔した。
戦い方が美しいから、なんだっていうんだ。
強いからなんだ。機械化人間だからなんだ。
こんな子供に、戦わせてしまった。
驚いたように開いたスイの目が、まっすぐ俺を見た。
宝石のような輝き。うつくしい濃緑。
翡翠の瞳がこぼれそうなほど見開いて、小さく揺れた。
ゼン。彼女は小さく、俺の名前を呼んだ。
「……ごめん、スイ」
絞りだした声は、情けなく震えていた。
——瞬間、灼けるような痛みが、背中を襲った。
文字がわからない少女。
自分の名前さえ書けずに、それでも学ぶことが楽しくて仕方がないと、むさぼるように講義を聞いていた。
彼女がはじめて書いた文字。少女と、俺の名前。
少女は、チョコレートを食べなかった。食べられなかった。機械化人間だから。
事情は分からない。どうして、こんなところにいるのか。どうして、戦っているのか。
どうして、自分を傷つけるような戦い方をするのか。
分からない。なにもかも、分からないことだらけだ。
ブラックアウトする意識の中、一発の発砲音だけが、遠く聞こえた。




