19.襲来2
しかし覚悟した痛みは、いつまでも訪れなかった。
「……?」
強く閉じた目を、恐る恐る開ける。
今まさに俺を飲み込もうとしていたモンスターは後方に頽れて、床に倒れている。
視線を上に向けると、深くフードを被った小柄な男が、モンスターと俺の間に立ちはだかっていた。
屈強な男というより、少年といった印象の、小柄な人間。
一本だけ携えたナイフの切っ先に、スマホのライトが鈍く反射していた。
彼は床を勢いよく蹴りだすと、前方にいるもう2体のモンスターの首元に飛び込んで、次々と切りつけた。
切り口から鈍色の液体が噴き出して、2体の獣が叫び声をあげる。
バタバタと5本ある肢で暴れるものの、すぐに動かなくなった。
呼吸一つ乱さない彼が、ゆっくりこちらを振り返った。
深く被ったフードに遮られて、顔はよく見えない。
助けてくれたのか。間一髪、彼のおかげで助かったのだ。
安心して、四肢に血が巡る感覚がする。
いまだに地面に這いつくばっている俺に、彼は手を差し伸べた。
しろくて小さい手だ。
自力では起き上がれそうもなかったので、ありがたくその手を握らせてもらう。
血が通っていないみたいに冷たいその感触。
強く引っ張り上げられて、ようやく俺は立ち上がる。
「あ、ありが……」
その言葉を遮るように、彼は再び俺の手を強く引いて、そして走り出した。
俺はされるがまま、一緒に走ることしかできない。
途中、窓やドアを今にも破ろうとする無数のモンスターの姿が見えて、心臓が止まりそうになった。
ざっと見ただけでも数十体、下手したら百体以上いそうな、異形の獣。
それらが脆いガラス窓に大量に押しかけて、校舎へ侵入しようとしている。
窓の外からは銃声と、爆発音が聞こえる。
大人数の男たちの鬼気迫る声と、時折闇をはらうような閃光。
軍がモンスターの討伐に来たのだ。
彼の持ち物であろう、無線機からは伝令の怒鳴り声が聞こえる。
停電でゲート停止、モンスターが次々に大学構内に侵入。現在も継続して湧き続けている! ゲートの前で止めろ、もう一体も入れるな!
廊下の突き当たり、一番奥の講義室に、少年は俺を投げ飛ばすみたいに放り込んだ。
机に背中が当たり、大きな音を立てる。
彼は入り口のドアを外から閉めると、俺を置いてまた駆け出して行った。
講義室のドアの小窓から、廊下の様子をうかがう。
彼が向かう先には、数え切れないほどのモンスターがいた。
すでに玄関扉は突破されている。そこから大量のモンスターがなだれ込んで、一直線に彼に向かっていった。
彼はナイフ一本で次々に小型モンスターを切りつけて、確実に数を減らしていく。
彼が通ったところは異形の獣の死骸の山になっていた。窓の外でも、モンスターの数が減っていっている。
軍に子供がいるのか。少年を戦わせているのか。
そんな拒否感は、脳から抜け落ちていた。彼が戦う姿は、ただ、きれいだった。
「!」
刹那、彼の後方から、中型モンスターが彼に飛びつく。
体格に対して大きすぎる牙が、彼の左腕に嚙みついた。
俺は思わず息をのむ。しかし彼はそれを振り払うことはせず、腕を噛ませたまま、右手でナイフを獣の頭部に突き刺した。
ナイフを抜き去ると同時に、鈍色の飛沫が噴きあがる。
中型モンスターはその場に崩れ落ち、下顎をだらりと下げて、力尽きた。
息絶えた中型モンスターの口内から、ごとり、鈍い音を立てて、人間の腕が落ちる。
あまりにも非日常の光景に、彼の腕だと理解するのに時間がかかった。
彼は左肘から先を失ってもなお、立っていた。




