18.襲来1
階段を降りて、1階の廊下を歩く。
研究室から見えた遠くの光は建物に遮られて、完全な暗闇となっている。
自分の足音と呼吸音だけが、長い廊下に響いていた。
時折他科の学生も泊まり込んでいることもあるのだが、現在この棟には、たまたま自分しかいないようだった。
そんな静寂の中——突然、けたたましい咆哮が響いた。
獣の遠吠えのような音に、足が止まる。
ガシャン! と、背後から何かが割れる音がする。
振り返ると床にガラスが飛び散っていて、割れた窓の隙間から、次々に獣のような影が飛び込んできた。
スマホのライトでそちらを照らすと、光を反射した無数の目と、目が、合う。
一つの顔に3つの目があるもの、5本の肢をもつもの、体長に対して大きすぎる角をもつもの。
それぞれ熊や象くらいの大きさだろうか。それでも、世界中のどの生態系にも存在しない、異形の獣。
——モンスターだ。
理解した瞬間、脚ががくん、と折れ曲がった。床に勢いよく両膝をつく。
どうしてこんなところにモンスターがいるのだろう。
考えても分からない。
狩場の周囲と大学の外周には、モンスターの侵入を防止するゲートがあるはずだ。
常に150人規模で警戒をしているはずで、こんなところまでモンスターが入ってくることは、ありえない。
逃げなければ。そう思うのに、幼少期のあの思い出がフラッシュバックして、爪の先まで体が冷えていく。
えぐり取られた山肌。燃え盛る街並み。炎をまとった超大型モンスター。瓦礫の下の無数の死体。人間が焼け焦げた匂い。喉を突く痛み。
呼吸ができない。
(……動け)
モンスターがじりじりと、こちらに向かってくる。
3つの目の下にある裂け目から大きな牙がのぞいて、涎を床にぼたぼたと垂らしながら、俺のほうに歩いてくる。
(……動け、)
立ち上がって、走らなければ。そう思うのに、神経が遮断されたように、体が言うことを聞かない。
(……動け!)
モンスターの肢が俺の頭めがけて振り下ろされて、上顎ががくん、と開かれる。
びっちり生えそろった無数の牙。飛び散った涎が、俺の手足に付着する。
生暖かく、どろどろしている。
引きちぎれそうな心臓とは裏腹に、最後に残った冷静な脳みそが告げる。
ここで死ぬんだ。
絶望とはきっと、これのことだ。そう思った。




