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12/13


 遠くに見える白かった山は、日に日にその白を失い、代わりに麓のほうには鮮やかな緑が茂っていた。


 窓から差し込む光は強くなり、暑いとさえ感じるようになった。

 だから、ベッドの周りのカーテンを閉めて過ごしている。


 俺の命をモニターしていた機械はすべて外された。

 昼も夜もお構いなしに脈に合わせて鳴る電子音から解放されると、ここはとても静かなことに気が付く。


「…暇すぎる」


 俺の独り言は病室の空気に溶けていった。


 やることがない。


 ベッド上安静。

 許されているのは横になったままスマホやテレビを観ることと、車椅子に乗ってトイレに行くことくらいだ。

 そのトイレもこの個室内に完備されているので、つまり俺は、この部屋からは一切出してもらえない。


 スマホをぼうっと眺めることにも飽きてしまった。


 勉強以外のことにあまり縁がない人生なので、キシのおすすめの映画も、サカイが今ハマっているアニメも、とりあえず言われるがままに観てみたものの、正直よくわからなかった。


 今まで手を出してこなかったSNSにも登録してみたが、いまいち楽しみ方が分からない。


 次々流れる短い動画はそれなりに楽しめたが、30分もすると目が疲れてきて、見続けられない。


 背中の傷の処置の間に、勉強系の動画もありますよ、と親切な看護師が教えてくれたが、それもあまり楽しめなかった。

 読み上げてくれるのはありがたいが、正直タイパが悪いと感じてしまった。

 文章で読めば数分のものを、40分もかけて解説されるのは、とても非効率に感じる。


 暇をつぶすのが目的であるので、タイパを求めるのはおかしいと自分でも思うが、これは仕方ない。

 こういう性分に生まれてきてしまった。


 というのを正直にキシとサカイに相談した。

 

 建設的なアドバイスとまではいかなくても、慰めてほしかった。

 ほんの少しの時間、LINEで相手をしてくれるだけでよかった。


 それなのに二人からは「今までがおかしかったんだよ、いい機会だしたくさん寝たら」「空虚な人間 かなしいね」とバッサリいかれてしまった。


 なあ、俺たち友達じゃなかったのかよ。



 かといってやることもないので、動画サイトを適当にスクロールする。

 と、ちょうど目に留まったのは、ある報道系の生配信だった。


 「対モンスター防衛機関 施設長 会見」。

 どうやら世間では今回の事件——モンスターがゲートを越えて大学構内に侵入してきた、前例のない出来事が、「軍の失態」として捉えられているようだった。


 よその飼い猫の動画やゲーム配信の切り抜き動画に比べれば、圧倒的に興味をそそられた。

 なんといっても当事者である。


 今回の件では奇跡的に死者は出ず、不運な学生1名が重傷、学生と警備員あわせて7名が軽傷を負ったとのことだった。


 不運な1名の学生とは俺のことである。

 興味のまま、俺は画面をタップした。



「えー、停電によりモンスター侵入防止ゲートが停止し、予備電源にもトラブルがあり、えー、ゲートの再起動が困難であったため、今回のような重大な事案が発生しました」


 壮年の軍人が手元の紙を読み上げる。

 白いクロスがかけられたテーブルに、「施設長」という肩書とともに名前が書かれた紙が貼られている。


 以前テレビで見たときは切れ者のオヤジという感じだったのに、今は弱った老人のような印象を受ける。

 白髪が目立ち、頬は窪んでいた。


 彼含め3人の男が椅子に座り、世間の目に晒されている。


「今回は重軽症者8名の、民間の人的被害。また、えー、大学の校舎の破壊。絶対安全とされてきたモンスター処理フローでこのような、安全性を根底から覆すような重大な事案が発生したことについて、えー、全責任は私にございます。大変申し訳ありませんでした」


 施設長は立ち上がり、深々と頭を下げる。

 カシャカシャカシャ、シャッター音が響き、画面がフラッシュで激しく点滅する。

 数秒、白い頭頂を晒した男は、ゆっくりと顔を上げた。


「えー、今回の事態を重く受け止め、防衛責任者としての任を全うできなかったことに対し、深く反省しております。私自身、身を引くことでこの混乱に区切りをつけ、組織の刷新を図る所存です」


 画面の隅から、会場のざわめきが拾われる。

 数秒遅れて、画面下部にテロップで「対モンスター防衛機関 施設長 辞任」と表示された。


「後任には、事態の収拾と再発防止の適任者として、イズミノ タカミチ陸将を指名いたしました」


 イズミノ タカミチ。

 その名前に、肩が一瞬震えた。


 イズミノ、珍しい苗字だ。一瞬、脳裏にスイの顔が思い浮かぶ。

 それでも偶然という線もあると思い直し、再び画面を見つめた。


「彼には、この難局を乗り越えるための全権を託しております」


 施設長が着席し、代わりに、画面左側、施設長の隣に座っていた男が立ち上がる。



「新任の防衛責任者を拝命いたしました、イズミノ タカミチです。 この度の事態を重く受け止め、まずは徹底した原因究明と再発防止に邁進する所存です」


 真っ黒な短髪に、彫りが深い顔立ち。隣に並ぶ施設長と比べると、随分身体が大きいように見える。

 カーキ色の分厚い軍服の上からでも、肩や胸板が盛り上がっているのがわかった。


 そして何よりも、若い。

 国立エネルギー総合機関の長たちは、皆役人上がりの老人たちだが、イズミノ陸将はその中でも異質に見えた。

 年代だと中年といったところで、自分たちの親世代くらいに見えるが、一般人とは全く異なる大きな身体と、鋭い眼光。


 さきほどまでのざわめきは完全に止んでいて、カメラのフラッシュさえ、止まる。

 画面越しでも感じる、生き物としての恐怖。

 畏怖すら感じる鋭い眼光に射貫かれたように、記者たちは動けない。


「我々の責務は、この国の安寧と、豊かな社会の根幹を断絶させぬことにあります。 いかなる代償を払ってでも、市民の日常を、そしてこの国の光を守り抜く。 私は、そのためにここへ参りました」


 まっすぐ伸ばされた背中。

 有無を言わせないような迫力に、数秒の静寂のあと、思い出したように記者たちは次々とシャッターを切った。



「ゼンってば」


 名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。

 ベッドを囲うカーテンを控えめに開いて、立っていたのはスイだった。


 左手にピンクのペンケースと緑色の学習帳を抱えている。

 人工皮膚の滑らかな肌色で覆われていて、修理、というか、治療は、すっかり完了したらしい。


「スイ…」


「何回も呼んだ、けど、…やっぱり、痛い?」


「いや、もう痛くない。気づかなかったのはその、俺の悪癖みたいなもので」


「…それなら、いいよ」


 スイはカーテンの内側に体を滑り込ませて、いつものようにベッドサイドの丸椅子に座った。

 オーバーテーブルにノートを広げて、ペンケースのファスナーを開く。


 俺はスマホを一旦置いて、ベッドに手をつきながら、慎重に体を起こす。

 もう痛みはないが、一気に行くと傷が開くらしい。


 以前、一度何も気にせず起き上がったところ、看護師からガチで怒られた。

 白衣の天使とは幻想である。もうあんな思いはごめんだ。



 ようやく体を起こしてスイを見やると、視線が俺のスマホの画面にくぎ付けになっていた。

 目を見開いて、唇の端が震えている。スイのしろい指から、ペンケースが滑り落ちた。


「…スイ?」


「…」


 画面内ではイズミノ陸将が、今後のことについて展望を語っている。

 よく通る低い声で、さながら演説のような語り口だ。


 それを見つめながら、スイは固まっていた。ペンケースを拾うこともせず、完全に停止している。


「…スイ、大丈夫か?」


 戸惑いながら声をかけると、スイの唇から一言、言葉が零れ落ちた。


「おとうさん」


 幼いころから呼び慣れた名前。見慣れた姿。

 スイの表情は、家族に対する親愛ではなく、見知った顔がライブ配信に映った驚きでもない。


 そこにあったのは「恐怖」。

 恐れ、おののき、言葉を失っていた。


「…おとうさん、だ」


 震える手で、俺のスマホを拾い上げる。

 画面の中身を確かめるようにまじまじと見ながら、スイのしろい指がカタカタと震えていた。


 イズミノ陸将。イズミノ タカミチ。スイの父親。

 おそらく、スイに教育を与えなかった本人。


 自分より大きなモンスターにも立ち向かう勇敢なスイの、恐怖の対象。

 この国の根幹を担うエネルギー産業の、最高責任者。


 スイの瞳が恐怖に揺れていた。床に散らばった鉛筆は先が折れて、使い物にならなくなっている。


 画面の中のイズミノ陸将は、まっすぐにカメラを見据えながら、演説を続けている。

 「意外とまともそう」「威厳がある」「いいこと言ってる」おおむね好意的なコメントが流れていくが、スイには読めていないはずだ。


 スイは長い時間、父の姿を見つめていた。


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