11.落とし物
必修科目でもない限り、講義は1週間に1回だ。
必然的に、スイという少女にハンカチを渡せるのは1週間後になる。
実験がキリのいいところまで進んだので、俺は久しぶりに構内のカフェを訪れていた。
きらびやかなスイーツを並べて写真を撮る趣味はないが、ここのドリンクは効率的に脳に糖分とカフェインを流し込めるため、時折通っている。
呪文のような注文にもももう慣れた。
ナグモ女史おすすめのドリンクとカスタムで、カロリー爆弾を生成する。
無料で増量したホイップクリームを啜っていると、視界の端に知っている顔が見えた。
思わずそちらをみると、目が合ってしまう。
「ゼンくん」
「……マリノ、さん」
マリノはなぜかこちらに近づいてきて、俺の向かいの席に腰を下ろす。
手には蓋つきのラテがあって、それを包み込むように手を添えている。
もうすっかり春だが、雨の日はまだ冷える。
「マリノでいいよ。それ、好きなの?」
俺は黙ってうなずく。
気の利いた返事はできないが、エネルギー効率という点で好んでいることに変わりはない。
マリノは気にしていない様子で、テーブルに肘をついた。
「すごいね、グランデって初めて見た。休憩中?」
「ああ、……マリノは?」
「私も休憩中。ちょっと探し物してて、行き詰まったから……ってあれ、」
マリノの視線が、さまざまな荷物が乱雑に放り込まれているカバンに落とされる。
参考書、筆記用具、メモ用紙、財布、いつかもらったレシート、使わなかったコンビニのおしぼり、本で圧縮されて原形のないプリント。
その中で、内ポケットからはピンク色の可愛らしいハンカチがのぞいている。
「そのハンカチ」
マリノは確かめるように、カバンをのぞき込む。
そうされて初めて、ゴミだらけのカバンから、場違いな可愛らしいピンク色がのぞいている異様さに気づく。
「あ、預かってるだけだ。授業で一緒になる子の落とし物で……」
「それ! 探してたの。スイって子のハンカチ」
その言葉に、思わずマリノの顔を見る。マリノの口から、「スイ」という言葉が出た。
「知り合いなのか?」
「ちょっとね……大事なものなんだって。よかった見つかって……」
安心からか、マリノは長く息をついた。うつむいて、温かいドリンクの容器を額に当てている。
思わぬところで、スイへのつながりがあった。
一生懸命探しているのなら、早く返してあげたい。
そこで、あ、と気づく。俺はポケットからスマホを取り出した。
「ちょっと待ってくれ」
俺はメモ用紙をちぎり取ると、メールを見ながらペンを走らせる。
「補講:木曜日14時 工学部B棟303講義室」先ほどメールで知らされた、前回の分の振り替え授業だ。
「あの子、知らないだろうから。伝えておいて欲しい」
マリノはメモ用紙をまじまじと見た後、何か言いたげな顔をした。
……が、彼女は何も言わないまま、やわく笑った。
「……ありがとう」
マリノはハンカチとメモ用紙を受け取ると、食堂をあとにした。
引き留めようとも思ったが、急いでいるようにも見えた。
チャンスを逃してしまったな、と思った。
スイのことを、もっといろいろ聞きたかった。




