第十三話
夕闇に紛れて、都市では惨劇が繰り返されていた。
家々に押し入った兵士達が住人から金目の物を奪い、僅かでも抵抗を見せれば、時にはその命さえ奪った。
若い女達の運命はそれに輪をかけて悲惨だった。詳細を語るに値しない、獣の所業がキリイタの各所で行われていた。
篭城という行為は敵を撃退できればよいが、それが適わなかった場合は恐ろしい運命が待ち受けている。守備側にも犠牲が出るのは確かだが、攻城側にはより多大な犠牲がでる。そして、その憎しみや恨みの感情は都市の住人に向けられるのだ。
攻城側の兵士の一人が、酒に酔った末に、戯れに火を放った。
放たれた炎は、一つの建物を燃やすだけでなく。キリイタの主要道路周辺を激しく燃え上がらせていた。
部隊を指揮する人間としては、勝利を得た後に、都市に大規模な被害を与えるこのような行為は厳に禁ずるべきだった。しかし、攻城側を構成する半島独立派の諸都市とて、一枚岩ではない。それゆか、攻城側の規律は著しく統制を欠いていた。
勝つまでは従うが、勝った後には好きにする。まるで、そのような態度の人間ばかりだった。
アシュロンが、キリイタ滞在の間に投宿していた宿にも炎が燃え移っていた。炎が宿を包むまでそれほどの時間はかからなかった。
アシュロンが寝泊りしていた部屋も、今は激しい炎に包まれていた。
炎は壁を伝い、床を伝い、寝台を燃え上がらせ、書きかけの手紙が置かれた小さな机にも燃え移った。
アシュロンに宛てられた手紙も、アシュロンが書こうとしていた手紙も、同じように炎が燃え移った。
異民族の少年はどのような気持ちでこの手紙を書いたのだろうか。お世辞にも上手とは言えない、歪な文字の書かれた手紙が燃えていく。
手紙が燃えて、灰となって消えゆく間際、最後に残った文章が微かに読み取れた。
『また、会いましょう』
それは、ちりちりと燃えて、縮みながら灰となる手紙が、最後の言葉を残しているかのようだった。
キリイタを攻め落とした兵士達が、宝飾品を手にしながら、通りを歩いていた。
「たまんねーな! 見てくれよこいつを、売れば一年は暮らしていけるぜ」
兵士の一人が大きな宝石のついた指輪を仲間に見せびらかしていた。
「俺の分捕ったこいつだって、大したもんだろう?」
別の兵士が、自分の首に下げた金細工の首輪を指し示した。
兵士達は酒に酔っているだけではないだろう、興奮して、一様に顔を赤らめていた。
周囲のめぼしい建物には、全て押し入った後なのだろうか。次の獲物を探すように小さな路地に入っていった。
「お、死んでるのか?」
金細工の首輪をした兵士が重なり会うように倒れている帝国出身の傭兵を見つけた。その姿は兵士達の影になってはっきりとは見えない。
一人は地べたに腰を下ろし、壁にもたれかかっていた。そして、倒れたもう一人の頭を膝の上に乗せていた。
「あー、こいつら外壁で暴れまわってた奴らだ」
大きな宝石のついた指輪を嵌めた兵士が、思い出したように言葉を紡いだ。
「帝国の傭兵なら、生きてつれてけば金貨が出るって話だぞ」
金細工の首輪の兵士が、興奮した様子で語り出した。
「いや、血の量を見ろよ、どう見ても死んでるだろ」
大きな宝石のついた指輪を嵌めた兵士が、馬鹿にしたように言った。
「確かめようぜ」
金細工の首輪の兵士が、不用意に近づこうとした。
「お前は馬鹿か? いきなり近づくな」
大きな宝石のついた指輪を嵌めた兵士が制止しようとした。
しかし、金細工の首輪の兵士は、制止を聞かずに、その手を壁に凭れかかっている傭兵の口元に近づけた。
「息してない。こいつは死んでるなあ、こっちはどうかな」
兵士は、今度は頭を膝上に抱えられた傭兵の口元にその手を近づけた。
「おっ、生きてるぞ」
金細工の首輪をした兵士が嬉しそうに声をあげた。
「ほとんど死んでるじゃねえか。そんなもん持っていっても意味無いだろ」
大きな宝石のついた指輪を嵌めた兵士が呆れたような視線を向けた。
「いいじゃねえか。どうせもう、めぼしいところは皆が先取りしちまってるんだ。小遣い稼ぎしようぜ?」
金細工の首輪をした兵士の説得が功を奏したのか、大きな宝石のついた指輪を嵌めた兵士は、渋々といったようすで倒れた傭兵を運ぶ手伝いを始めた。
「それにしてもこいつ、重すぎるぞ」
大きな宝石のついた指輪を嵌めた兵士が、傭兵の重さに文句を言った。
キリイタの外壁の外。小高い丘に派手な格好をした男が立っていた。
「ひとふ、みつよ、いつむ、なな」
派手な格好の男は目の前に引き出された帝国出身の傭兵達を数えていた。
「ちょっと少ないわね。目を付けてた子もいないし、折角ここまで来たのに外れだったかしら」
派手な格好の男は顎に人差し指を当てて、首を傾げていた。
その小高い丘に、担架に乗せられた巨漢の傭兵が運ばれてきた。肩口に酷く傷を負った傭兵に意識はないようだった。
「あら、例のいい男じゃない。けど、ぼろぼろのボロ雑巾みたいね。ちゃんと生きてるのかしら?調べて頂戴」
派手な格好をした男が指示を出すと、従者らしき細身の女が手早く、傭兵の脈を取った。
「生きてはいるようですが、この傷ではまず助からないでしょう」
「もったいないわね~。でも、とりあえず持ってこうかしら。死んだら捨てちゃえばいいんだしね」
派手な格好をした男は事も無げに言い放った。
屈強な戦士達が、縄をかけられた帝国出身の傭兵達を手早く荷馬車に押し込んでいった。
「それにしても、あっけなかったわね」
派手な格好をした男が都市キリイタを見つめながら、つまらなそうに呟いた。その男の後ろでは従者らしき細身の女が盛大にため息をついていた。
キリイタの中心部では炎が燃え上がって、すでに日の落ちた都市周辺まで照らし出していた。この分では中心部はほとんど焼け落ちてしまうに違いない。
派手な格好をした男がつまらなそうにしていると、どこからともなく商人風の男が一団に近寄っていった。
商人風の男は派手な格好の男に何事かを告げると、すぐにまたいなくなってしまった。
「なにか報告でも?」
従者らしき細身の女が心配した様子で聞いた。
「明日の朝には来るんですって。あらかじめ準備していたとしか思えないわね。それともキリイタ自体が釣り餌なのかしら?」
派手な格好をした男が感心したように言った。
「明日の朝ですか?それは……」
従者らしき細身の女も驚いたように声を上げた。
「私達もなかなか腹黒いって自覚してるけど、帝国には負けるわよね~」
派手な格好をした男が冗談めかして、従者らしき細身の女に同意を求めた。しかし、従者らしき細身の女は、頑として首を縦に振ることはなかった。
「どちらにせよ、長居は無用。買い物も済んだことだし、みんな、おうちに帰るわよ」
派手な格好をした男が、その体格にあまりにも似合わない仕草で、握りこぶしを空に小さく突き上げた。
日の落ちたキリイタの市街を、血塗れのカリヤがひた走っていた。
カリヤの周囲には誰もいない。アシュロンの姿も、リーティアの姿も、そして、仲間の若い傭兵達の姿も。
カリヤは外壁が突破される混乱のなかで、他の傭兵達とはぐれてしまっていた。
カリヤ自身も右手には切り傷がついており、滴る血が槍の柄を濡らし、穂先から垂れ落ちていた。いや、それはカリヤだけの血ではなかったかもしれない。何人もの敵を突き殺した槍には、殺した数だけ相手の血がついたはずだ。
カリヤは最早どこに向かうべきなのかも分からなくなっていた。そして、無意識に走るうちに墓地まで来てしまっていた。
都市の中心部では、炎が燃え上がり、人々の叫びが遠くこだましていた。
しかし、墓地がある地域だけは、静かで、心寂しく、人気を感じさせなかった。
カリヤは、墓地にポツンと建てられた、周囲を木々と壁に囲まれた大きな平屋を目にすると、自分がどこへ行こうとしているのかを認識した。そして、道の半ばで足を止め、呆然と立ち尽くした。
カリヤは後ろを振り返ると、誰もいないことを確認してから、疲れたように座り込んでしまった。
都市の中心部には戻りたくない。戻れば殺されてしまう。しかし、この先に進むことで子供達に迷惑をかけてしまうかもしれない。カリヤはどうにもならない状況に自然と涙を零し、嗚咽をもらした。誰かが近くにいれば笑顔を見せたかもしれないが、一人になってまで気丈に振舞うようなことは、カリヤにも出来なかった。
しばらくの間、カリヤは泣き暮れていたが、街の中心部から男達の声が近づいて来ていることに気がつくと、道を離れて、地面に伏せた。
街の中心部で散々、悪逆の限りを尽くしてなお、男達は獲物を求めているようだった。人数は四人。皆が手にした酒壷を直飲みしており、足元もふらついていた。
カリヤの体が自然に震えだした。既に疲労は極限に達しており、立つことも難しいだろう。
カリヤは道を進んでいく男達を見つめていた。
自分はもう精一杯戦った。これ以上は自分には出来ない。カリヤがそう思って全てを諦めようとしたとき、月に照らされた火傷跡の残る手の平がカリヤの視界に入った。
焼け爛れたはずの手の平は血に塗れていたが、一冬の間に随分と綺麗になっていた。
カリヤの脳裏に、孤児院の子供達と優しげなネウリオの顔が浮かんだ。包帯を巻かれたカリヤの腕を気遣う小さな女の子の笑顔もだ。
カリヤは自分の中の何かが削られていくような気がした。
そして、カリヤは静かに息を吸い込むと、決断を下した。
カリヤは朝焼けの太陽に照らされる中、目を覚ました。体に染み付いた血は、固まって黒くなりかけており、お湯でもなければ取れそうもない。
カリヤの体中が痛みで軋んでいた。そして、腕の傷の表面には血の塊でかさぶたが出来かけていた。
カリヤが穂先の無くなった槍を杖代わりにして立ち上がると、その耳に懐かしい歌が聞こえたような気がした。
気のせいだろうかとカリヤが耳をすませると、その歌は確かにカリヤの耳に聞こえていた。それは兵役の際に何度も耳にした歌だった。
帝国の突撃歌。
帝国は軍隊を指揮するために多様な合図を用いる。半島の傭兵達もそれを真似て喇叭や太鼓を使ったりするが、歌だけは使わない。というよりも、まともに使えないのだ。
戦場で奏でられる音は、金属が打ち鳴らされる音や喚声、叫び声など多種に渡る。そのなかで響くような歌声を出すには、ある種の才能と訓練が必要になる。
帝国の軍団が戦地に派遣される際、その軍団には歌唱専門の部隊が随伴する。彼らの役割は兵を奮いたたせるだけではない。歌のフレーズで細かい命令を兵士に伝えているのだ。
そして、命令を伝達するために、歌ごとに、一兵卒にも教えられるフレーズがある。それがカリヤが耳にした突撃歌のフレーズだった。この突撃歌はリフレイン形式で歌唱部隊が歌う部分の歌詞についてはカリヤも詳しくしらない。しかし、サビの部分については厳しく教え込まれていた。
”道をゆけ 我ら帝国を遮るものなし 道をゆけ 我ら帝国に能うものなし”
”道をゆけ 帝国の子らよ その手に栄光をつかむまで”
この冬の半島での出来事について、帝国の公式文書では以下の三文が記されているのみである。
『都市国家キリイタおよび都市国家テタンに対して、半島独立派による大規模な攻撃が行われた。テタンの防衛は成功したものの、キリイタについては一時的に独立派によって占拠された。その後、友邦都市国家の「要請」により派遣された、西部軍管区の五個軍団によって、キリイタは軽微な損害で無事奪還された』
帝国が、半島に対して、一時的とはいえ軍を送り出したことについて、島嶼商業連合側から抗議の声が上がることはなかった。このことについて、市井では、帝国と島嶼商業連合との間に密約が交わされていたのではないかと、まことしやかに囁かれた。しかし、その真相については、ついに明かされることはなかった。
そして、今回の戦いによって多大な損害を受けた半島の独立派は、まとまりかけていた結束が空中分解する形となって、以前のように都市国家同士で小規模な争いを繰り返すようになった。
一方、都市国家キリイタはかつての権勢を失って、親帝国派の中心的な有力都市国家から単なる一都市国家へと没落した。その流れの中、帝国出身の傭兵達も、その拠点を都市国家テタンに移した。
こうして半島の有力な勢力は一時的に消え去り、半島の戦乱はそれからしばらくの間、終わることなく続いた。
そしてそれは、二つの大国の望み描いていた半島情勢と、寸分違わぬ一致を示していた。




