第十二話
戦いは払暁と共に再開された。それが戦いの学理だとでも言うように、大きな岩塊がキリイタに投じられた。
投じられた岩塊の一つが、偶然にも外壁に据えられた鐘楼を打ち壊した。鐘楼の崩壊とともに、鐘の音が無情に都市に響いていた。
投石器に続くのは、矢の嵐だった。
昨日にも増して打ちかけられる矢の嵐は、まるで全ての矢を打ちつくしてもよいと考えているかのような多さだった。
外壁の矢狭間に隠れるようにして、守備側の人間が身を屈めていた。
一人の守備兵が立ち上がって、応戦するように矢を引き絞った途端に、敵の矢がその額を貫いた。
守備兵は後ろ側に倒れるようにして、外壁の都市側に落ちていった。
アシュロンも仲間の傭兵達も、じっと耐えるようにして、矢狭間に隠れていた。
敵側の合図だろうか、単調な低音の唸りのような音色が戦場を覆うと、待機していた攻城櫓が動き出した。その攻城櫓に伴うように、徒歩の兵が梯子を携えて外壁の真下に迫っていた。
「矢を放て」
守備側の隊長らしき男が号令を下すと、外壁に向かって走りよる敵兵に矢が降り注いだ。
梯子を手にした男が数本の矢を受けて地面に倒れ伏すと、後続の兵がその梯子を拾い上げた。
その間にも、敵からの矢は断続的に降り注いでいた。
そう時間の経たないうちに、攻城櫓が外壁に取り付いた。
応援の守備兵が外壁の各所から捻出されていたが、守りについていた傭兵達は昨日に比べて数を減らし、そして、みな疲労していた。
攻城櫓の前に敵の橋頭堡が築かれそうになるたびに、アシュロンはその場所に駆けつけて、豪腕を振るった。
しかし、昨日までとは異なり、敵の中に金属鎧を纏った者が現れ始めた。彼らは他の雑兵に比べて、精強な者ばかりだった。それでも、一対一ならアシュロンが負けるような相手ではなかった。
アシュロンの振るったフレイルが、攻城櫓から飛び出してきた金属鎧の戦士の兜を、その衝撃によって大きく凹ませた。衝撃によって凹んだ兜の中に、人の頭が納まるような空間はない。金属鎧の男は、力なく倒れた。
アシュロン同様、リーティアも、薄手の板金などはものの足しにもならないといった様子で、金属鎧の戦士をその鎧ごと切り伏せていた。
しかし、他の傭兵達は手こずっている様子で、カリヤなどは危うく槍ごと腕を切り飛ばされそうになっていた。
「まずいな」
アシュロンは周囲の押されている様子から、焦りを覚えた。しかし、アシュロンの心配をよそに、次第に金属鎧の戦士は表れなくなり、雑兵ばかりが増えていた。
「種切れか?」
リーティアが曲刀を振るいながら、言葉を口にした。
「それならありがたいんだがな」
アシュロンが円盾で敵を殴りつけながら答えた。
しかし、結果は二人の予想を裏切るものだった。
敵はなんと勢力入り乱れて戦いの続く外壁上に、矢の一斉射を放った。それは、帝国の人間にとっては考えられない行動だった。
雑兵とはいえ味方ごと矢を射るような戦術は、敵に対して効果的ではあっても、味方の士気を著しく落としてしまう。本来ならば元がとれない戦術のはずだった。優位に立つ側の採るべき選択肢ではないはずだ。
だが、半島の独立派の指揮官は雑兵の命と士気をものの数に入れていなかった。それは、半島で長く続く戦乱がもたらした気質だったのかもしれない。
だが、今は何故そのようなことが起こったかを考えるよりも、現実起こっていることに対処することが先決だった。
アシュロンは一斉射のために、肩に弓を受けていた。そして、他の傭兵達も少なくない人数が怪我を負った。
さすがに矢の降り続くなかで、突入してくる雑兵はいなかったが、アシュロン達も壊滅的な打撃を受けていた。
アシュロンは肩に刺さった矢を中ほどでへし折ると、視線を周囲に向けた。
カリヤは何とか無傷で、矢狭間に隠れるように身を屈めていた。カリヤはアシュロンの視線に気がつくと、親指を立てて笑顔を見せた。
アシュロンはここに至って、カリヤの精神力に賞賛の思いを抱いた。絶望の中で他人を気遣い笑顔を見せる者。例えそれが作り笑いであったとしても、その強さは紛れもない輝きを放っていた。
「こんなこと頼んじゃいない!」
アシュロンがカリヤの強さに感嘆の念を抱いていると、別の場所からリーティアの悲痛な叫びが聞こえた。
見れば、何本もの矢をその体に受け止めた若い傭兵を、リーティアが抱きかかえていた。
若い傭兵は小柄ではしっこいのが自慢の若者で、かつて、リーティアを尾行する際に斥候役をしていた者だった。
「姐さんが、残った、ほうが、俺なんか、より、役に、立つでしょ?」
小柄な若い傭兵は途切れ途切れに言葉を告げると、咽るような咳をして、口から血を零した。
矢が降り続く外壁上で、静かに息を引き取った若い傭兵。そのやけに満足げな表情がアシュロンの目に焼きついた。
都市を囲む戦列の後方。小高い丘に、独立派の本陣が据えられていた。
攻城部隊の指揮官だろうか、立派な装飾の施された全身鎧に身を包む壮年の男が、困ったような表情を浮かべていた。
独立派の指揮官が相対しているのは、彩りが目に痛い派手な格好をした男だった。
「それじゃ、そういうことで、よろしくね~ん」
上から白、赤、黒で彩られた服装の男が、右手をたおやかに振りながら、本陣を後にしていった。その背後には細身の女と屈強な戦士達が続いていた。
「変わり者という話は聞いていたが、困ったものだ」
独立派の指揮官は本陣を去っていく集団を見つめながら呟いた。
「なんなんですかあの人たち。島嶼の人間みたいですけど」
指揮官とのやり取りを眺めていた護衛兵士の一人が、訝しそうな視線をした。
「我々の出資者というとすこし違うかもしれないが、今回の戦に格安で武器類を提供してくれた御仁だ。正確なところはわからないが、身の振り方からして島嶼連合の商人だろう」
指揮官は兵士に説明した。
「独立派の我々にですか?」
兵士が驚いたように声をあげた。
「あの方個人での商売に過ぎん。格安といっても利益を出しているだろうし、我々とて優れた武器は喉から手が出るほど欲しい。あの御仁はその見返りに、戦場見学を所望されているのだ」
指揮官はうんざりしたように肩を竦めた。
「そんなことして何になるんですかね?」
兵士は不思議そうな顔をした。
「私にはわからんよ。今はそんなことより、都市を落とすことが先決だ」
指揮官は話は終わったとでも言うように、キリイタの大門を見つめた。独立派とて時間的な余裕があるわけではない。親帝国派の諸都市が部隊を出すことも考えられたし、他の都市の傭兵が出張ってくる可能性もあったのだ。
指揮官は視線の先で、ゆっくりと動き出した破城槌を眺めていた。
小高い丘の上で、派手な格好の男が遠眼鏡を覗き込んでいた。遠眼鏡の先は、キリイタ南西の外壁上に据えられていた。
「んま~、いい男がいるじゃない。それにあの女も強いわね~」
派手な格好の男は、外壁の上で戦いを続ける、アシュロンとリーティアを見ていた。
「でも、多勢に無勢といったところかしら。破城槌が近づいているのに、外壁上を守るだけで精一杯みたい」
大門に近づきつつある破城槌に対して、キリイタの守備隊は何ら有効な対策を講じることができなかった。
大門の後ろには、木材や石材などが積まれていたが、門を抉じ開けられてしまえば、その瞬間にこの戦いの勝敗が決する。人数差からいっても、都市側はいかに敵の侵入を防ぐかが肝要だった。
しかし、外壁上の戦いも一進一退といった様子で、破城槌まで手が回らないというのが実情だった。
攻城櫓の下には、突入待ちの兵が幾人も並んでいた。時折、彼らに対して、外壁の上から矢が降り注いでいたものの、その数は疎らで、被害もあまり出ていないようだった。
「あら、あの若い槍使いの子も光るものがあるわ」
派手な格好の男はカリヤについても言及していた。派手な格好の男は、戦場の様子を鼻歌まじりに眺めていた。
「これだけ激しい戦いでは、その者達も死んでしまうのではないでしょうか?」
従者らしき細身の女が、派手な格好の男に疑問を呈した。
派手な格好の男は、遠眼鏡を下げると、擬音でも聞こえてきそうなあからさまな笑顔を見せた。
「死んじゃうような子はいらないわ」
派手な格好の男は、口では笑っているのに、その目には冷たい光が宿っていた。
従者らしき細身の女は、派手な格好の男の視線を受けて、身震いした。
その日の昼過ぎ、キリイタの大門についに破城槌が取り付いた。
槌が打ち付けられる轟音が外壁上で戦っていたアシュロンの耳にも届いた。
アシュロンは既にボロボロだった。致命傷は負っていないものの、鎧は破損し、腕には幾つもの切り傷が付けられ、肩には矢が刺さっていた。
守りについた兵の数に対して、敵側の数は留まるところを知らなかった。外壁の他の場所から守備の応援が駆けつけていたが、僅かにでも均衡が崩れれば、もはや守ることが出来ないような状態だった。
攻城櫓から突入してくる敵兵はもはや雑兵ばかりではなかった。金属鎧で全身を包んだ者達が大挙して押し寄せていた。
そして、僅かに保たれていた均衡が、破城槌の奏でる轟音によって破られようとしていた。それは、門が直ちに打ち壊されるという話ではない、門が破られると思った守備兵の士気が打ち壊されようとしていた。
守備隊が帝国の正規兵で構成されていたならば、踏みとどまることができたかもしれない。しかし、臨時に召集され、碌に訓練もされていない、俄か兵士達には不可能なことだった。
一人逃げ、二人逃げ、守備兵達の一部は隊長らしき男の制止も聞かずに、逃げ出そうとした。都市は完全に包囲されているというのに、彼らはどこへ逃げようというのか。
次第に人員の薄くなったいく南西の外壁上は、敵に押され始めた。
攻城櫓の跳ね橋付近には既に橋頭堡が築かれ、後から後から敵が押し寄せていた。
奮闘していた傭兵達もその数を見るからに減らしており、一人対多数の戦いが多くなっていった。守備側は、どうにか、外壁から都市内部に降りる階段付近を守っているに過ぎなかった。
アシュロンはそのような状況のなか、三人を相手取っていた。二人はチェインメイルを身に着けた雑兵だったが、一人は金属鎧に身を包んだ男だった。
アシュロンが雑兵を打ち倒そうとするたびに、金属鎧の男が牽制をかけ、さりとて金属鎧の男に注力しようとすると、雑兵が背後に回る。
アシュロンはいつ死んでもおかしくないような状況だった。
アシュロンが、強引に雑兵の一人の横っ面にフレイルをぶち当てた。雑兵の下あごは嘘のように砕け、黄ばんだ歯が飛び散って、男自身も横倒しに倒れた。
しかし、その強引さは金属鎧の男の攻撃を誘発した。
金属鎧の男の剣が横薙ぎに払われ、アシュロンの円盾を大きく弾いた。アシュロンが万全であれば、その衝撃に耐えられたかもしれない。しかし、円盾を弾かれた腕は、大きく横に開かれ、アシュロンの左半身を無防備に晒した。
『力に頼るところは変わらないな。確かにそれはお前の長所だが、過信すると危ないぞ』
かつて、先達がアシュロンに警告した言葉が、一瞬アシュロンの脳裏に浮かんだ。
そして、金属鎧の男は、その横薙ぎの勢いをそのままに、剣を大きく振りかぶると、アシュロンの肩口に剣を叩き付けた。
刃が鎧を断ち、アシュロンの肩甲骨を砕いて、心臓を肋骨ごと引き裂こうとした。しかし、金属鎧の男の剣は、アシュロンの心臓に届くことはなかった。
アシュロンの肩口に剣が叩き込まれると同時に、金属鎧の男の頭部が撥ね飛んだのだ。
噴水のように吹き上がる血しぶきに顔を濡らしたリーティアが金属鎧の男の後ろに立っていた。
アシュロンは致命的な一撃を受けなかったものの、肩口には剣が突き刺さったままだった。そして、痛みのあまり、多々良を踏んだ。
外壁には都市の外側に、凸凹な矢狭間が設けられており、それがある種の手すりになっていた。しかし、都市の内側には、手すりになるようなものが何も無かった。そして、アシュロンは何か考える暇も無く、その足を踏み外した。
本来、アシュロンの巨躯を支えるべき右足は、空を蹴った。
アシュロンが叫びを上げる暇も無く、アシュロンの体が宙に浮いた。無意味な努力と分かりつつも、アシュロンは手足を無様にばたつかせた。
外壁上から地面までは大人の身長の五倍はある。そのままの姿勢で叩きつけられれば無事ではすまないだろう。
「アシュロン!」
アシュロンを囲んでいた雑兵を、なで斬りにしたリーティアが叫びを上げた。
アシュロンは空に落ちていく感覚の中、最後に、リーティアの後ろに迫る敵兵が、剣を振りかぶっている光景を目にした。
ズルズルとアシュロンの足が地面を擦っていた。アシュロン自身の意志ではない。誰かがアシュロンを背負い、運んでいるのだ。
アシュロンほどの巨躯を運ぶのは大変だろう。大の大人でも二人は必要なはずだ。
アシュロンは途切れがちな意識で、頬を撫でる、纏められた髪の毛先を感じていた。
「置いていけ」
アシュロンはその一言を発するのが精一杯だった。
アシュロンの言葉が聞こえているのかいないのか、アシュロンを背負って引きずる者は答えなかった。
自分の血だろうか、それともアシュロンを背負う者も傷を負っているのだろうか。アシュロンは妙な生暖かさを胸に感じた。
そして、アシュロンは言葉もなく、再度意識を失った。
都市の外壁上部は占領され、破城槌によってではなく、内部に降り立った人間によって、キリイタの大門は開かれた。
守備側も攻城側も多大な犠牲を出したものの、日が沈む頃にはキリイタは陥落していた。陥落までに要した日数は僅か二日である。攻城側に豊富な兵器があったにしても、早すぎる結末だった。
都市キリイタは多くの帝国出身の傭兵を要する半島の有力な都市国家のはずだった。しかし、戦いの度に傭兵に頼るようになったキリイタは、都市独自の戦力をいつのまにか弱めてしまっていた。
このような結末を迎えなければ、キイリタの領主がとった方針は間違いではない。戦争を傭兵に任せることで、都市の生産力は上昇し、人口は順調に増加していたのだから。そして、このまま成長を続ければ、半島の盟主にさえなれたかもしれなかった。しかし、それも過去の話である。
アシュロンは自分の頭が何か柔らかい物の上に据えられているのを感じていた。そして、その頭を優しく撫でる手の感触も。
途切れがちな意識の中で、狭い視界に、誰かの口元が見えた。
厚めの唇が、何かを伝えるかのように小さく動いていた。しかし、アシュロンの耳には、遠く響く悲鳴しか聞こえなかった。
そもそも、ここはどこだろうか。アシュロンははっきりとしない意識でぼんやりと誰かの口元を見ていた。
誰かの顎から血が滴り落ちて、アシュロンの額を濡らした。
それでも誰かの口元はなにか同じ言葉を伝え続けているようだった。
誰かが、咽るような咳をしたあと、アシュロンの顔全体を濡らすように血を吐き零した。
それでも誰かの口元はなにか同じ言葉を伝え続けているようだった。
ああ、いったい何を言っているのだろうか。消えゆく意識の中で、アシュロンの耳に誰かの言葉が聞こえた気がした。




