第十話
都市テタンの外壁で、ノモスは迫り来る軍勢を見据えていた。
ノモスの周囲には彼の傭兵団が控え、彼らの隣には別の傭兵団が待機していた。
都市テタンの外壁を埋め尽くすようにして、多くの傭兵達が、決戦の火蓋が落とされるのを待っていた。
冬の終わりにしては生ぬるい風が、ノモスの古傷を疼かせた。ノモスは額に走る一条の傷を一撫でした。
都市の外に広がる敵は、見える範囲で一万程だろうか。都市国家が戦場に向かわせることの出来る兵力は、防備を空っぽにしても、精々が一都市当り三千が限界であるので、敵は幾つかの都市が合同していることは理解できた。
一方で、都市自体の篭城となると、都市の全域に動員がかけられる為、篭城側の兵力は戦える男をかき集めて八千人規模になる。
そのうえで、大規模な動員をかけられた傭兵が詰める都市を落とすにしては、一万では少なすぎるだろう。敵が都市の攻城に際して、傭兵の支援を数に入れていないにしても、ぎりぎりの勝負になる。通常、篭城側を力攻めに攻め落とすには、それらに数倍する兵数を用意する必要があるからだ。
ノモスが見える範囲には攻城櫓も三つしかなく、投石器の類も用意されていなかった。半島の技術が帝国に及ばないといえばそれまでだが、ノモスは僅かな違和感を感じた。
ノモスの違和感は、戦いが進んでいくにつれて強くなっていた。古株の傭兵達もノモスと同じ疑問を抱いた。
敵は攻めては来る。少なくない損害を出しながら、一見、果敢に攻め寄せてきている。攻城櫓を外壁に寄せて、跳ね橋を下ろし、何度も突入を敢行していたし、外壁に梯子をかけて上ってこようともした。
しかし、ノモスには、どこか真剣味が感じられなかった。一人一人の兵士に真剣味が感じられないのではない。兵士は誰もが死に物狂いで、都市を陥落させようとしている。しかし、全体の動きは、寄せては返す波のように、一定のリズムを繰り返しているだけのようだった。
ノモスは敵が援軍でも待っているのかと考えた。
ノモスは外壁で傭兵団の指揮をとりながら、現状を確認していた。
傭兵団は軍隊と違い、独立した情報経路を持っているわけではない。もちろん、団長になれば横の繋がりがあり、半島情勢の事情に明るい人物と繋ぎを持っているが、自らで調べ上げるわけではない。
依頼に基づいて戦場に赴き戦う。それが傭兵の仕事だった。それでも多くの場合、傭兵団の団長ともなれば、きっちり裏をとってから依頼を遂行する。しかし、どうしても本職に比べて情報の精度は落ちてしまうものだ。
半島は帝国の領土ではない。帝国の情報網もそれほど深く浸透してはいないのだろうか。もし、仮にだが、今回の依頼が間違った情報により誘導されたものだとしたら、どうだろう。
ノモスは考え込むように目を細めた。このテタンはこれだけの傭兵が詰めていればまず落ちることはない。しかし、敵の狙いがテタンの他にもあるのならば。いや、わざわざ兵力を分散するようなことをするだろうか。類稀な傭兵であるノモスだったが、戦術的な能力は優れていても、天空の高みから大局を見下ろすような能力は高くなかった。そして、ノモスは自らの経験が告げる予感を、振り払うように頭を振った。
ノモスが思考の渦に取り込まれている最中にも、戦場は動き続けていた。耳を劈く轟音とともに、ノモスの目の前には、今しも攻城櫓から跳ね橋が下りてきたところだった。
攻城櫓からは、簡素なチェインメイルを装備した兵士に混じって、金属製の鎧を身に着けた兵士が乗り込んできた。半島の独立派にも、戦を生業とする人間がいないわけではない。普段は目にすることの少ない、熟練の戦士だ。
ノモスは手にした剣を、重さを感じさせない挙動で縦横に振りまわした。一見すると出鱈目に見えるその動きが、敵を瞬時になぎ倒していく様は、まるで手品のようだった。
「押し返せ!」
ノモスの掛け声とともに、傭兵団の面々が敵を跳ね橋に押し戻そうとした。そして、数人が斧を手に持って、跳ね橋の先端部分に叩きつけていた。
橋頭堡を確保し損ねた敵は、跳ね橋を壊される事を嫌って、早々に退却していった。
外壁上でのノモスの戦い振りを、都市の外から見つめる者がいた。
子供の腕ほどもある、長い筒状の遠眼鏡を覗き込む男。上から順番に白、赤、黒に彩られた派手な色彩の男は、太い腕で重そうな遠眼鏡を支えていた。
「すご~い。やっぱ帝国の傭兵って粒ぞろいだわ。いや~ん、わたし全部欲しくなっちゃう」
派手な格好の男が、珍妙な言葉遣いで、人差し指を甘噛みしながら腰をくねらせている様は、どう見ても気色の良いものではなかった。
派手な格好の男の背後では、従者らしき細身の女が眉間に皺を寄せて、鼻をひくつかせていた。
周囲を固める屈強な戦士達の表情は兜に隠れて見えなかったが、派手な格好の男から一歩だけ後ずさったことを考えれば、彼らの気持ちが理解できるだろう。
「ね、あなたも見てごらんなさい」
派手な格好の男は従者らしき細身の女に遠眼鏡を手渡した。
派手な格好の男が軽々と扱っていた遠眼鏡は、細身の女には重過ぎるようで、両手で支えるようにしてなんとか覗き込んでいた。
しばらく、戦場を眺めて満足したのか、細身の女が遠眼鏡を覗きこむことを止めた。
「でもだめね。この都市は落ちそうにないわ。私、手に入らないものを眺めて羨むような趣味はないの」
派手な格好の男は、小芝居がかった仕草で表情を引き締めると、遠く北の地を見つめた。
そして、周囲の戸惑いを気にした様子も無く、視線の先に向かって歩き出した。
従者らしき細身の女は肩を落として、力ない足取りで、派手な格好の男のあとに続いた。
屈強な戦士達も先を進む二人を守るように、戦場を後にした。
その後、十日に渡って、都市テタンには独立派から再三の攻勢がかけられた。しかし、傭兵達の活躍もあり、都市テタンは敵の侵入を許すことなく、敵を撤退させることに成功した。
都市テタンに滞在する傭兵達が驚くべき一報を受けたのは、敵が撤退してから三日後のことだった。




