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流転の戦士  作者: mituo
戦士と女傭兵
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第九話

 屯所の食堂に傭兵団の全員が集められていた。広い食堂ではあったが、団の全員が集まると流石に狭苦しかった。ノモスの率いる傭兵団は三百人いない程度で、傭兵団の規模としては中堅だった。

 食堂では、傭兵達が、何が始まるのかと、ざわついていた。アシュロンは集団の後方で壁にもたれ掛っていた。


 ノモスが集団の中心で軽く咳払いをした。そして、ノモスが咳払いしたため、ざわつきもいくらか収まった。


 「皆も噂くらいは聞いてるかもしれないが、超大口の依頼が入った」


 ノモスがゆっくりと口上を述べ始めた。


 「内容は篭城支援。場所は都市テタンだ」


 ノモスの言葉に食堂がざわめいた。

 依頼内容も珍しかったが、場所が問題だった。都市テタンはキリイタの南方に位置する有力な都市国家の一つだ。比較的早い段階で親帝国路線を打ち出し、帝国にとっても重要な場所だった。そして、テタンは帝国派、島嶼連合派、半島独立派の三つの勢力が互いに境界を接する都市だった。


 「島嶼連合が動いたのか?それとも独立派?」


 古株の傭兵が質問を飛ばした。


 「島嶼連合はないと思うが、実際のところはわからん。依頼を持ってきた帝国の駐在武官も正確な状況を把握していないらしい。ただかなり大規模な攻勢で、周辺の傭兵団には全て依頼が出ている」


 ノモスの言葉はかなり過激だった。キリイタ周辺の傭兵団全てとなると、おそらく八千人規模となる。その数で対抗する必要がある相手とはどんな存在だろうか。


 アシュロン含め、傭兵達の多くは、とうとう嵐が来たと思った。


 「今回の報酬は破格だが、危険の度合いは想定すらできない。もし、参加を取りやめるつもりがある者は早めに申し出てくれ。あと、新米に限って、今回はなるべく自粛して欲しい。経験の浅い人間を連れて行く余裕はない」


 ノモスは親切心なのだろうか、それとも本当に余裕が無いのか、最後の言葉を淡々と告げると、食堂を後にした。


 残された傭兵達は、収まりのつかない喧騒に包まれた。それも無理のないことかもしれない。半島での傭兵稼業が始まって以来の大仕事だった上、ノモスが提示した報酬は半島での仕事の一年の稼ぎに匹敵した。もちろん、都市での篭城となれば、負ければ悲惨な運命が待っているし、相手が諦めなければ長い時間拘束されるだろう。しかし、それを考慮しても破格の報酬だった。集められる傭兵の規模を考えれば、一つの都市国家に拠出できる金額ではなかったため、帝国の意向が働いた可能性もあった。


 アシュロンはノモスの話を聞きながら、包帯の巻かれた腕を見つめていた。ネウリオの治療の甲斐あって、ほとんど回復していたが、今回の戦いに参加するには万全の状態とは言えないだろう。

 アシュロンが顔を上げて、食堂に集まった傭兵達を眺めていると、周囲の喧騒のなか、肩を落としている一団がいた。


 若い傭兵達だ。


 不満げな顔を見せる者、安堵した表情の者、間の抜けた顔をしている者。ノモスの言葉に対する表情は様々だったが、周囲に比べて、静かにしていることは確かだった。

 その集団にリーティアが近づいて、何事か話しかけていた。アシュロンの耳には喧騒に紛れて何を話しているのか聞こえなかったが、慰めてでもいるのだろうか。



 アシュロンは騒がしさの増す食堂を一人、後にした。

 以前までの肌寒かった風は、どこへいったのか。

 ここのところ暖かくなり始めた空気は、春の訪れがそう遠くないことをアシュロンに告げていた。





 カリヤが火傷痕の残った手で槍を振るっていた。槍を突き刺している相手は藁人形だった。

 カリヤの槍が藁人形に打ち付けられるたびに、小さな藁が地面に飛び散っていた。

 火傷が治ってからというもの、カリヤは槍の訓練に精を出していた。


 多くの傭兵は、経験を積んでいくうちに、自らの武器を選択していく。最初に直剣を手にするのは、兵役者に与えられる帝国の基本装備の一つだからだ。

 その武器に対して適正があるかどうかは別として、自らで考えた結果、リーティアは曲刀を選び取ったし、アシュロンは打撃系の武器を好んで使用する。そして、傭兵の中には適正云々ではなく、思い入れのある種類の武器を手に取る者もいた。

 それが、カリヤの場合は槍だった。化け物と対峙し、打ち倒した経験は、カリヤの中に何かを強く印象づけたようだった。


 カリヤの周囲に並ぶ若い傭兵達も、思い思いの武器を手にしていた。その太刀筋には、半島を訪れた当初のような迷いがなくなっていた。


 彼らの素性を知らない人間が見れば、どこから見ても一端の傭兵だった。


 彼らは一冬の間、リーティアに厳しく稽古を付けられていた。通常であれば、戦が起こるために、リーティアにもそういった余裕がないのだが、この冬は例年と異なり、リーティアに時間があった。

 今度の大きな戦はその成果を見せることができる機会であったため、若い傭兵達の落胆は大きかった。

 カリヤを含め、若い傭兵達は心の澱を払うかのように、一心不乱に武器を振るい続けていた。


 アシュロンとリーティアは若い傭兵達の様子を建物の壁に寄りかかって眺めていた。


 「あいつらも、随分と上達したようだな」


 アシュロンが目を細めて、若い傭兵達の所作を一つ一つ観察していた。


 「稽古をつけたからな」


 リーティアはどこか自慢げな様子だった。


 「それにしても、お前が留守番とはな」


 アシュロンが不思議そうな顔をした。


 「私はノモスに留守を頼まれただけだ。それを言うならお前だって同じだろう? 傷はだいぶ良くなってるはずなのに、どうして行かなかったんだ?」


 リーティアが胡乱げな表情を浮かべた。

 アシュロンはリーティアの言葉を受けて、自らの手を握ったり、開いたりした。アシュロンが握力を強める度に、わずかな痛みが走った。

 アシュロンの手の平は、傷痕によって酷く不細工になっていた。もともと無骨な手をしていたが、ざらざらとした無数の傷が、厚い皮膚を覆っていた。


 「実のところ、まだ痛みが取れない。こればかりはどうしようもないな。それに、体に不安がある状態で戦場に赴くほど俺は若くない」


 アシュロンが両手をリーティアに広げて見せた。

 リーティアはそれほど気にした様子はなく、アシュロンの言葉を受け入れた。


 「そういえば、結局、テタンに攻めてくるのは独立派だったみたいだな。島嶼連合が本気で攻めるはずもないか」


 リーティアが考え込むような視線で空を見つめた。

 曇りがちな空では、風によって流れる雲が太陽を見え隠れさせていた。





 半島の突端部に位置する貿易港は、自然の侵食によって形作られた、入り組んだ海岸を有する天然の良港だった。

 港には大型船舶が係留できるだけの大きな桟橋が設置されており、小さな漁船だけでなく、大小様々な船舶が桟橋に係留していた。そして、沖合いには超大型の船舶が浮かんでいた。


 桟橋では、貿易品だろうか、箱詰めされた香辛料、麻袋に詰められた砂糖、ロール状に巻かれた布や金属のインゴットが陸揚げされていた。別の場所では漁船から樽一杯の魚が運び出されており、他にも多様な魚介類が彩りも鮮やかに並んでいた。


 港で働く労働者は皆逞しく、日焼けした肌は健康的な小麦色になっていた。


 その港に、中型帆船が入港しようとしていた。 


 中型帆船の船員たちが船上で慌しく動きながら、錨を下ろし、船を桟橋の係留索に舫おうとしていた。

 船員達は船乗りだからだろうか、それとも地肌の色がそうなのだろうか、一様に小麦色の肌をしていた。

 しばらくすると、中型帆船から大きな縄梯子が桟橋に備え付けれられ、派手な格好をした男を中心に、船から一団が降りてきた。


 「あ~あ、疲れたちゃったわ~」


 派手な格好をした男は、野太い声でオネエ言葉を発した。その言語は帝国では聞く機会の少ない、非常に早口な高音交じりの言語だった。そして、それは島嶼商業連合の公用語だった。

 男の服装は、つばのついた白い帽子に桃色の羽飾りが装飾されており、上着は真紅、下穿きは黒と目に痛い色合いの服装だった。露出している部分から覗く肌は小麦色で、どうやら島嶼商業連合の人間らしかった。そして、その男の特徴として何より恐ろしいのが、訳の分からない服装の上からでも分かる、鍛えられた体躯だった。

 男の服装によく目を凝らせば、表面が鮮やかな光沢を放っていた。見る者が見れば、それがスパイダーシルクで出来ている事がわかる。肌触りがよく、防刃性に優れた素材だ。しかし、本来のスパイダーシルクは白一色のみで、それを染め上げる技術は知られていない。しかし、男の服は綺麗に染め上げられていた。

 繊維を扱う商人であれば、自らの財産全てを投げ打ってでも、その技術を欲しがるだろう。その男はそういった水準の服を事も無げに身に纏っていた。


 桟橋を行き交っていた人間の多くが、驚いてその派手な格好をした男を一瞥したものの、男の周囲を固める屈強な戦士達に気がつくと、足早にその場を立ち去った。


 「やっぱり掘り出しものを探すには、戦乱で荒れてる場所が一番よね」


 派手な格好をした男は、妙な効果音が付きそうな仕草で、一歩後ろに控える従者らしき細身の女に声をかけた。

 細身の女はげんなりした様子で頷いた。


 「アルドニアでも掘り出しものがあったし、ここでもきっと掘り出しものを見つけるわよ~。わたし、がんばっちゃう!」


 派手な格好をした男は、小さくガッツポーズを作った。

 周囲を固める屈強な戦士の表情は、兜に隠れて見えなかったが、従者らしき細身の女はどこか遠くを見つめて、盛大にため息をついていた。

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