第六話
アシュロンは、ノモス傭兵団の練兵場で、他の傭兵達に混じってフレイルを振るっていた。
アシュロンが、人間を模した藁人形目掛けてフレイルを叩きつけると、藁人形は嘘のように弾けとんだ。
藁人形は人間を模しているだけあって、中心に太い木材が据えられており、剣で叩きつけても藁が飛ぶだけのはずだった。しかし、アシュロンの一撃は、木材ごと藁人形を叩き折ってしまった。
アシュロンは一仕事終えたとでもいうように、額に滲む汗を拭って、大きく息を吐いた。
平屋の庇で日陰になっている場所で、壁に凭れながら酒を飲んでいるノモスが目を細めた。昼前だと言うのに、珍しく起きているようだった。
「アシュロン。藁人形もただじゃないぞ。あまり壊すようなら金取るからな」
ノモスはゆっくりととした足取りでアシュロンに近づきながら、藁人形の扱いについて注意した。
アシュロンは壊れて地面に転がっている藁人形を一瞥すると、頭を掻きながらノモスに向き直った。
「あまりけち臭いこと言わないでくれよ」
アシュロンは苦笑いを浮かべた。
「馬鹿言え。うちみたいな貧乏傭兵団は年中金欠なんだ。そこんところよく理解しとけよ」
ノモスは手にした酒瓶から直飲みで酒を煽った。この男、年中酒を飲んでいるが、酔っ払っている場面を傭兵団の誰も見たことがない。酔えない性質なのだろうか。
ノモスは練兵場を見回して、不思議そうな顔を浮かべた。
「最近、若い奴らが全然いないな。どっかで遊び歩いているのか?アシュロン、なんか知ってるか?」
ノモスは額の傷痕を撫でながら、アシュロンに質問した。
アシュロンは彼らの行き先を知っていたが、リーティアに硬く口止めされていたので、なんとか誤魔化した。実際のところは、彼らは孤児院で男手として、建物の修繕や菜園の手入れなどで、リーティアに扱き使われていた。
「弛んでるな。あんまり弛んでるとすぐ死んじまうのに」
ノモスが憮然とした表情を見せた。
「いや、訓練はしっかりやってる。たまに俺が面倒見てるんだ」
アシュロンが若い傭兵達の代わりに弁解した
ノモスは疑わしそうな視線を向けたものの、それならいいかと言って、元の日陰に戻ろうとした。
「ちょっと待て。最近、仕事の話を滅法聞かないが、景気でも悪いのか?」
アシュロンが戻ろうとするノモスを呼び止めると、ノモスの顔が険しくなった。周囲で訓練を続けていた傭兵も、気になる話題だったのか、耳をそばだてていた。
「ここじゃなんだな。ちょおっと部屋まで来い」
ノモスはしっかりとした足取りで、アシュロンを先導した。
ノモスの執務室は相変わらず埃臭かった。以前よりも書類の束が多くなっており、執務机の表面が紙で見えなくなっていた。
ノモスは扉を閉めるようにアシュロンに言うと、椅子に大きな音を立てて座り込んだ。
その振動が執務机に伝わったのだろうか、書類の山が崩れそうになったが、不思議と平衡を保ち、雪崩が起きることはなかった。
「古株にはもう伝えてあるんだがな」
ノモスが前置きを入れてから話し始めた。
ノモスの話では、この冬の間はおそらく大口の依頼が来ないということだった。その理由についてはぼかしていたが、どうやら半島の独立派の動きがおかしいということだった。
「あいつら、まとまり始めてるのか?」
アシュロンが率直な疑問を述べた。
「それがわかれば苦労しないんだよ。帝国も半島に本腰を入れてるわけじゃないからな」
ノモスは愚痴っぽく答えた。
「こっちもなんか準備したほうがいいのか?」
アシュロンは見通せない先行きに、僅かな不安を感じた。
「準備?そんなもんできはしないさ。ここは帝国じゃないし、俺らは軍隊じゃない。本当にやばくなったら逃げ出すだけ。それが傭兵だろ?」
ノモスがつまらなそうに持論を述べた。そして、酒瓶を盛大に傾けると、喉を鳴らして酒を飲み干した。空になった酒瓶は無造作に床に置かれた。
アシュロンはノモスの言葉を噛み締めていた。ノモスの『それが傭兵だろ?』という言葉が繰り返しアシュロンの頭に響いた。
アシュロンは埃っぽい部屋の空気が自分の体内に積もっていくかのように感じた。
「仕事がないって言っておいてあれだが、そういや、小口の依頼が一つあったな。たいした仕事じゃないから、訓練がてらに若い奴らを連れていってくれないか?」
ノモスが突然、思い出したように口にした。
アシュロンは両手で籠を抱えて、墓地への道を歩いていた。
籠は仄かな暖かさをアシュロンの腕に伝えており、被せられた上布の隙間からは、香ばしい油の匂いがした。
アシュロンの視線の先には件の孤児院が小さく見えていた。
程無くして、アシュロンが孤児院の庭に入ると、元気な少年がアシュロンの姿を目敏く見つけた。
「お土産のおっちゃんが来たぞ」
少年がアシュロンに駆け寄りながら、大声を出した。少年の声に釣られるように、他の子供達もわらわらと集まってきた。
アシュロンは毎度のことながら、おっちゃんと呼ばれたことに深い悲しみを抱いた。子供達の手前、表面上は気にした素振りを見せなかったが、心では泣いていた。
そんなアシュロンの気持ちを知らずに、子供達がうれしそうにアシュロンを囲んだ。
「待て待て、先にネウリオに渡すから」
アシュロンはそういって子供達を引き連れながら、建物の中に入っていった。
孤児院は、何処から資金を都合したのか、なかなか立派な作りだった。石積みの壁は外の冷たい風を完全に遮断しており、小さな暖炉が部屋中を暖めていた。
暖炉の前には椅子が並べられ、カリヤを含む若い傭兵達が手を翳していた。
「あれ、兄さんじゃないッスか。今日もなんか持ってきたんスか?」
カリヤはアシュロンが腕に抱えた籠に気がついた。
カリヤを中心とした若い傭兵は、最近この孤児院をたまり場にしていた。最初は尾行の件を咎められて、リーティアに半ば強制的に仕事を押し付けられていたが、しだいに自分達から進んで孤児達の世話をするようになった。
子供達の騒ぎ声を聞きつけたのか、建物の奥からネウリオが姿を表した。
「おや、またいらしたのですか」
ネウリオが穏やかな笑みを浮かべながら、アシュロンに近づいた。
「これは土産だ。子供達にやってくれ」
アシュロンは腕に抱えていた籠を差し出した。籠の中には、素揚げされた豚皮の軽食が入っていた。揚げてからそれほど時間が経っていないのだろう、まだ暖かさが残っていた。
「いつもありがとうございます」
ネウリオが仰々しく籠を受け取ると、丁寧にお辞儀した。
「たいしたものじゃないから気にしないでくれ。俺はこいつらに用があって来たんだ」
アシュロンは顎でカリヤ達を示した。
「へ?仕事の話ッスか?」
カリヤが間抜けな顔でアシュロンに問うた。
「そうだ。小口だが仕事が入った。キリイタの北にある小さな村と連絡が取れないらしい。村に行った行商人が帰ってこないそうだ。盗賊にでも襲われたんじゃないかって話でな、様子を調べに行く」
アシュロンが仕事の内容を説明した。
アシュロンの近くでは、ネウリオが子供達に軽食を配っており、建物ではポリポリと揚げた豚皮を齧る音が響いていた。
「盗賊と戦うんスか?」
カリヤが不安そうに瞳を揺らしながら質問した。
「まだ盗賊と決まったわけじゃない。とりあえず十人ほどで様子見に行くだけだ。もし、盗賊だったら応援を呼びにすぐ帰る」
アシュロンは若い傭兵達を励ますように言った。
子供達は軽食を齧りながら、アシュロンと若い傭兵達のやりとりを不思議そうに眺めていた。ネウリオだけが、悲しそうな表情を見せたが、言葉を口にすることはなかった。




