表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流転の戦士  作者: mituo
戦士と女傭兵
31/40

第五話

 アシュロンはたんこぶの出来た頭をさすりながら、建物の庭に設置された小さな椅子に腰掛けていた。

 アシュロンの目の前では、若い傭兵達が沢山の子供達に追い回されていた。


 カリヤが少年に棒で叩かれながら「やめるッス。やめるッス」と必死に慈悲を乞う姿は、なんとも言えぬ哀愁を誘った。


 アシュロンの隣にはリーティアと初老の男性が腰掛けていた。


 「おーい。お仕置きはそれくらいでいいぞ」


 リーティアが頃合を見計らって、子供達に声をかけた。

 子供達は慣れたものなのだろうか、リーティアの言葉に従い、各々、若い傭兵達を遊びに誘い始めた。


 「今日はお客さんが沢山で、子供達もうれしそうです」


 初老の男性が穏やかな口調でアシュロンに語りかけた。

 初老の男性は、染めも施されていないような質素な衣服を身に纏っていた。首元にだけは革と銀で作られたチョーカーをしており、いかにも不釣合いな印象を与える。髪は白髪交じりだったが、帝国の人間らしく色素の薄い髪色だった。


 「急にお邪魔して申し訳ない、神官様」


 アシュロンが初老の男性に向かって頭を下げた。


 「ふふ、いいのですよ。それに私などは神官ではありません。ただの僧です。気軽にネウリオとお呼びください」


 ネウリオという名の聖職者は腰の低い人物のようだった。



 帝国には政治的な力を持つような勢力の大きな宗教は存在しない。そして、帝国自体も国教を定めていない。

 そんな帝国にも一つだけ有力な集団があった。それがネウリオの属する月の女神を信奉する集団だった。彼らが大きくなったのも、元々大陸の南東部、つまり初期の帝国において一部信仰されていた教えだったからだ。そして、それに加えて彼らの医療技術が挙げられる。

 この集団が特徴的だったのは、その寛容さにあった。彼らは新しい神々に席を与え、信仰することを許容した。帝国が新たな土地を得るたびに、土地の神々は彼らの神々の末席に加わっていった。今ではどれだけの神がいるのか誰にも把握できていない。

 加えて、この集団は信仰自体を強要しなかった。信じるも良し、信じないも良し、各人が自由に生きることこそが教義だった。

 彼らが求めることはただ一つ、寛容さだ。他者に寛容を示せ。自らに寛容を示せ。しかし、それさえも強要はしない。

 多くの帝国人は彼らを宗教というよりも、共助組合のように見ていた。



 アシュロンも、彼らが帝国の諸都市でこの場所のような孤児院や救貧院、施療院等を営んでいることは知っていた。だが、まさか半島地域にすら進出しているとは知らなかった。


 「それにしても傭兵ってのはデリカシーの欠片もないアホなやつらばっかりだ」


 リーティアがうんざりしたように言葉を漏らした。


 「すまん」


 アシュロンはばつが悪そうにリーティアに謝罪した。


 「なにも人に見られて困ることをしてるわけじゃないのですから、いいじゃないですか」


 ネウリオが諭すように言葉を告げた。

 リーティアはネウリオの言葉を受けて尚も、ぶつくさと文句を言っていた。


 機嫌の治りきらないリーティアをそのままに、アシュロンは庭に視線を向けた。

 広い庭では、若い傭兵達が子供達と駆け回っていた。そして、小さな女の子に手を引かれたカリヤはおままごとに参加させられていた。


 「旦那さん役でいいッスかね?」


 カリヤは小さな女の子に対して下手に出たが、女の子は無常にもカリヤに赤ちゃん役をお願いしていた。

 カリヤはすこし涙目になりながら、地面に敷かれた筵に寝転がって「ばぶーッス」と呟いた。


 アシュロンはその様を見てたまらず噴出した。

 リーティアもアシュロンに釣られて大口を開けて笑った。





 日が落ちてもキリイタの屋台街には明かりが灯っていた。

 肌寒くなってきたというのに、屋外の小さなテーブルを囲む客達は一行に帰る様子を見せなかった。


 屋台の合間を縫って、小さな樽を背負った売り子が酒を売り歩いていた。客に声を掛けられると、嬉しそうに席に近づいていく。どうやら繁盛しているようだった。


 帝国の都市に比べて規模の小さなキリイタでは、灯りが少ないのか、屋台の隙間からも星空が覗いていた。


 アシュロンは、目の前で湯気を立てている、汁っぽい焼きそばを啜っていた。塩漬けされた葉物野菜と茹でた小麦麺を予め油で炒め、最後にお湯で戻した干し肉を少量の出汁ごと入れて再度炒めたものだった。

 アシュロンの対面には、なにか言いたそうな表情をしたリーティアが座っていた。

 リーティアは挽肉と香菜を腸詰にしたソーセージをフォークで突きながら、アシュロンの顔を伺っていた。

 アシュロンは、口一杯の焼きそばを、しっかり咀嚼してから飲み込むと、軽く咳払いをした。


 「なにか言いたいことでもあるのか?」


 アシュロンがとうとう沈黙に耐えられなくなって、問いを発した。


 「あんたこそ、なにか言いたいことがあるんじゃないの?」


 リーティアは問いに答えず、質問を鸚鵡返しにした。

 そして訪れるのは沈黙だ。


 周囲の客が楽しそうに騒ぐほどに、二人の間は気まずい空気になっていった。


 アシュロンは素面じゃどうしようもないと思ったのか、樽を背負った売り子に声をかけた。

 売り子は、樽に入った蜂蜜酒を、二つの陶器の杯に注いだ。そして、別に客に声を掛けられて、すぐにアシュロン達から離れていった。

 濁った黄土色の蜂蜜酒は、あまり上等なものではないようだ。アシュロンの知る帝国の蜂蜜酒は、もっと透き通った、綺麗な琥珀色だった。


 アシュロンは蜂蜜酒を口にした。想像以上に甘く、あまり酒精は強くない。もしかしたら発酵が弱いのかもしれなかった。

 リーティアはちょっと舐めただけで、杯をアシュロンに押し出した。

 アシュロンは一瞬戸惑ったが、リーティアが甘い酒を飲まないことを思い出して、苦笑いした。

 都合、二つになった蜂蜜酒が空になるまで、二人の間を沈黙が支配した。


 「いつから続けてるんだ?」


 アシュロンが仄かに上気した頬を晒しながら、言葉を紡いだ。


 「あの子達の世話の話か?」


 リーティアの問い返しに、アシュロンは静かに首を縦に振った。


 「もうすぐ二年になるかな?あまりよく覚えてないな」


 リーティアは視線を夜空に向けて話し出した。


 「半島の人間を殺して得た金で、半島の子供達の世話をする。偽善にも程があると思わないか?」


 リーティアが自嘲するように語った。

 アシュロンはリーティアの問いかけに答えなかった。


 「傭兵なんてのは因果な商売だよ。数枚の金貨のために殺して、殺されて。最初は生きるのに精一杯で気にもしなかったさ。だけど、若い奴らが沢山死んでいくのを見てたらさあ」


 リーティアの小さな声は微かに震えていた。

 アシュロンは黙ってリーティアの言葉に耳を傾けていた。


 「なんて言えばいいのかなあ。なんかもう疲れちまったんだな」


 リーティアは星空に目を向けたまま、消え入るような声で言った。


 「半島を離れるって手もあるだろ?もう帝国に戻ってもいいんじゃないか」


 アシュロンはリーティアを気遣うように諭した。


 「そうしたら、誰が死んでいった奴を送るんだよ。あんたは、誰にも看取られず死なせろとでも言うのか?」


 リーティアが彼女に似つかわしくない悲しげな瞳でアシュロンを見つめた。

 アシュロンはその様子に言葉を失った。リーティアらしくない感傷的な言葉だった。いや、らしくないなどと他人が指摘するのはおこがましいことかもしれない。

 アシュロンとて傍目には分からない気持ちを隠して生きているのだ。


 リーティアは再び星空を見上げていた。何か溢れるものを堪えているようだった。

 アシュロンはリーティアの頬を伝う一筋の光に気づいたが、そのことをとやかく言うつもりはなかった。



 心の平衡を保つ手段は人それぞれだ。


 アシュロンは殺し殺される暮らしでも、その日に生き残った仲間とうまいものを食えればそれでいいと思っている。そして、なるべく他人の生き方に触れない。時には寄り添うことはあってもそれだけだ。それは孤独で臆病な生き方だったが、他人の重荷を背負えるほどの余力がないと自覚しているためだった。しかし、アシュロンは気づいているのだろうか。かつての自分であれば、旅先で出会った過去の戦友を気遣って、戦いの激しい半島を訪れたりしないはずだ。何かがアシュロンに小さな変化をもたらしたのだ。


 一方、リーティアは未来を志向している。自分の未来ではなく他者の未来を。年若い傭兵に優しく接するのも、子供達を世話するのも同じだ。かつては自分の未来に希望を持っていたかもしれない。明日は今日よりも良くなる。明後日は明日よりも良くなる。しかし、変わらぬ日々に倦んだ心は、自分の未来ではなく他者の未来を志向するようになった。もし彼女が子供を持てたなら、良い母親になれたのかもしれない。



 リーティアはしばらく星空を見上げていたが、不意にアシュロンに向き直った。


 「くそ、下らん話をさせやがって。今日はとことん付き合ってもらうからな」


 リーティアは既に普段の調子を戻しており、語気も荒くアシュロンに詰め寄った。

 アシュロンは、先ほどリーティアがその仮面の下から覗かせたものが、一時の幻であったかのように感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ