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流転の戦士  作者: mituo
戦士と女傭兵
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第四話

 傭兵が最初の大規模な実戦を経験した際、生還率がどれほどになるかは、戦闘の規模や傭兵団の方針によって異なる。


 ノモスの率いる傭兵団では新米の最低二割が命を落とし、多いときには全滅する場合もあった。それでも、規模の大きな傭兵団が、新米傭兵を使い捨てにする事に比べれば、優良な傭兵団と言えるかもしれない。


 半島で活動する傭兵の生還率は時間とともに不思議な曲線を描く。初戦が最も低いのは言うまでもないが、その後一年ほどは順調に上がり、突然大きく下がる。そして、その後一年間乱高下して、二年を超えると非常に高い値で推移する。上がる要因は技量の上達や慣れ、下がる要因は油断と依頼規模の大型化だった。



 キリイタ郊外、ノモス傭兵団の屯所。その入り口で、カリヤとアシュロンが並び立っていた。

 彼らの視線の先には、半島を離れ、帝国に戻ることにした年若い傭兵の背中があった。

 去っていく傭兵は、カリヤと同時期に傭兵団を訪れた男だった。そして、初戦を経験し、帝国に戻ることを決意した。


 このような人間は一定数いる。危険と報酬が割に合わないと考えた者や人を殺すことに耐えられない者だ。わざわざ半島での仕事を選んだ人間が、今更と思えるかもしれないが、知識と経験は往々にして乖離する。実際に行動した結果、自分に合わない場合、帝国に帰ることも選択肢の一つだった。

 帝国に帰っても傭兵の仕事はある。辺境域の仕事や高額な報酬の仕事は得られないだろうが、糊口をしのぐ程度なら可能だった。それに食べていくだけなら他にも職はいくらでもあった。

 戦死や離脱を含めて、カリヤと同時期に傭兵団を訪れた人間の三割が既にいなくなっていた。


 「いっちまったスね」


 カリヤは寂しそうに呟いた。彼の目の充血は薄れていたが、目の周りに内出血の斑点が残っていた。そして、首元にも生々しい手形が痕をつけていた。

 アシュロンは何も言わなかった。

 半島での仕事は長く続ける類の仕事ではない。

 アシュロンもリーティアに再会しなければ、戻っては来なかっただろう。

 傭兵の中には、稀に、ノモスの様に驚異的な腕前と傭兵団を維持する実務的な能力に長けた傑物が生まれることもある。そういった人間が新たに傭兵団を作り出すこともあった。しかし、普通は二年から三年程度で見切りをつけ、帝国に戻る場合が殆どだった。そして、かつてのアシュロンもそうだった。

 来る者拒まず、去る者追わず。それが、傭兵団の日常だった。


 アシュロンは去って行った男の背が小さくなると、屯所に戻っていった。

 カリヤはアシュロンが戻った後も、男の背が見えなくなるまで、その場で見送っていた。





 ノモスの率いる傭兵団は自前の屯所を有する中堅の傭兵団だったが、傭兵の多くは屯所で寝泊りをせずに、キリイタで長期滞在用の宿をとっていた。そして、それは、アシュロンも例外ではない。


 アシュロンは宿の一室で、慣れない筆を手に取りながら、手紙を認めていた。送り先は帝都だ。

 アシュロンは筆不精な人間であったが、ガルから落ち着いたら連絡を寄こすように言われていたので、仕方なく筆を取った。

 帝都を離れて三月。既に季節は冬に入っていた。


 アシュロンの筆が、ぎこちなく、紙面の上を動いていく。品質が悪いのだろうか、紙はごわごわとしており、時折、その筆が引っかかっていた。

 手紙が広げられた机を良く見ると、どうやら二通の手紙が用意されていた。

 片方は近況報告や滞在場所の連絡等が書かれているだけだった。そして、もう一方にも非常に平易な言葉で、同じ内容が書かれていた。


 アシュロンは、簡単な言葉ばかり並べられた手紙を見て、異民族の少年を思い出していた。時期的に、既に学校に編入しているだろう。アシュロンの手紙をニフィムは読めるようになっているだろうか。


 アシュロンは筆を置くと、大きく伸びをした。慣れない作業で肩が凝ってしまったらしい。

 アシュロンはおもむろに立ち上がると、窓縁に近づいた。宿の小さな窓から覗く空には、大きな雲が幾つか浮いていた。

 アシュロンが外の冷たい空気を吸い込んでいると、部屋の扉がノックされた。

 アシュロンが応対に出ると、そこにはカリヤを含め、五人の若い傭兵達が連れ立っていた。


 「どうした? なんかようか?」


 アシュロンは不思議そうな顔で彼らを出迎えた。


 「いやね、俺らも暇なもんで。一緒に飯でもどうッスか?できればうまい飯がいいッス」


 カリヤは遠慮がちにアシュロンに誘いをかけた。


 半島での傭兵の仕事の内、都市国家同士の戦闘となると、流石にその頻度も多くはない。季節にもよるが、多くとも一月に二度、大抵は一月に一度程度だ。

 一度の戦いで拘束される時間は長いが、キャラバン護衛等と異なり、自由になる時間は比較的多い。空いた時間は、訓練に明け暮れたり、酒を飲んだり、娼婦街に入り浸ったりと各人がそれぞれの自由に動く。


 アシュロンは訓練半分に食道楽半分といったところだろうか。今日も、これからキリイタの屋台めぐりを予定していた。

 そして、アシュロンはカリヤ達の誘いを快諾すると、街に繰り出すことにした。





 都市キリイタは多くの傭兵を抱えるだけあって、その繁華街も大いに繁盛しているようだった。

 軒先を連ねる屋台からは、肉の焦げる良い匂いや甘辛いたれの匂いが漂っていた。


 屋台街を歩くアシュロンの手には、肉饅頭がほくほくとした湯気をあげていた。

 若い傭兵達は手にした肉饅頭の熱さにわたわたとしていたが、アシュロンの分厚くなった皮膚にとってはそれほどの熱さではなかった。

 アシュロンは肉饅頭を一口齧り取った。零れるような肉汁はなかったが、肉餡を包み込んだ皮に、その肉汁が染み込んでいてうまかった。

 アシュロンは肉饅頭を齧りながら、次の獲物を見定めるように屋台に視線を巡らせていた。そのアシュロンの後ろをアヒルの行進よろしく、若い傭兵達が続いていた。


 「あつ、熱い。けど、うま」


 カリヤが行儀悪く、口に肉饅頭を含みながら、感想を述べていた。若い傭兵達にも好評のようだった。

 アシュロンはそれらの言葉を背に聞きながら、小さく笑った。


 屋台を歩くアシュロンの鼻に、香ばしい油の匂いが漂ってきた。

 アシュロンが視線を向けると、鉄鍋に放り込まれた肉片から大量の油が染み出していた。匂いの元はどうやらその鉄鍋らしかった。


 「どうだい、安くしとくよ」


 アシュロンが興味深そうに鉄鍋を覗き込むと、店主が声をかけて来た。店主の前掛けは飛び跳ねた油で汚れており、袖まくりした腕は小さな火傷が沢山あった。


 「こりゃなんだ?豚の脂身か?」


 アシュロンが不思議そうな表情を見せた。


 「おや、お兄さん知らないかね?これは豚の皮だよ。こうやって揚げるとカリカリしてうまいぞ」


 店主はそう言うと、揚げあがった豚の皮を一つ差し出した。

 アシュロンは豚の皮を受け取って、一口齧った。

 塩の効いた豚の皮は軽快な歯ごたえで、軽食にもってこいだったが、脂っこくてそう多くは食べれそうになかった。

 アシュロンは店主に礼を言うと、商品を買わずに立ち去ろうとした。


 「お気に召さなかったかい?あんたら傭兵だろ?それならこっちはどうだ?」


 店主は屋台に並べられた陶器の壷を指し示した。店主の話によれば、陶器の中身は豚の皮からとったラードに塩を混ぜたものらしい。


 「傭兵だったら戦場では不味いクラッカーばかりだろう?それにこいつをつけて、ちょっと炙ってやれば美味くなるぞ」


 店主は笑顔で商品を薦めた。

 アシュロンは少しだけ悩んだものの、商品を買わなかった。アシュロンにしてみれば、食べなれてしまったせいもあるが、クラッカーそれ自体が結構好みの味だった。


 「あ、俺欲しいッス」


 カリヤがアシュロンの影から現れて、店主に代金を渡した。

 笑顔の店主から、小さな陶器を受け取ったカリヤは、自分の背負い袋にしまった。カリヤは戦場でよく口にされる、クラッカーの味に飽きていたのだろうか。


 アシュロンはカリヤのことを気にした様子も無く、歩みを進めた。

 アシュロンが、さて次はと屋台街を歩いていると、大鍋に煮込まれたスープから良い匂いが漂ってきた。

 スープには、大きな野菜がごろごろと煮込まれていた。動物の背骨を髄ごと煮込んでいるようで、濁ったスープだったが、何より特徴的なのはその真っ赤な色だった。

 アシュロンが店主に注文すると、木の椀一杯のスープが手渡された。店の近くには水の張られた桶が置いてあり、食べ終わったらそこに椀を戻すように言われた。


 アシュロンは息を吹きかけて、気持ち冷ましてから、スープを啜った。そして、アシュロンはその辛さに唸り声を上げそうになった。味は悪くない。しかし、これは辛すぎた。

 若い傭兵達も顔を真っ赤にして、辛さに悶えていた。


 「水、水くれ」


 カリヤが辛さのあまり、水を求めて屋台の周囲を見回すと、ちょうどその屋台の対面にぶどう酒の売り子が立っていた。

 アシュロンを含め、スープを飲んでいた全員が殺到すると、売り子はすでに人数分の酒を用意していた。

 アシュロンは酒精の薄いぶどう酒で口を湿らせた。酒場で出せば、あまりよい評判を受けなそうな薄さだったが、辛さを抑えるには丁度良い塩梅だった。

 アシュロンはうまいこと商売するものだと感心しながら、スープを平らげていった。


 「あれ、あの人、姐さんじゃないか?」


 アシュロンが空になった椀を桶に入れていると、その背後でカリヤが自問するように声を上げた。

 カリヤの言葉に釣られて、アシュロンが通りの向こう側を見ると、長身の女が歩いているのが見えた。


 アシュロンはしばらく見つめたあとに、やっとその女がリーティアだと気がついた。通りを歩くリーティアは、普段後ろで纏めている髪を下ろし、服装も小奇麗になっていたため、傍目には別人に見えた。


 「おめかしして何処に行くんスかね。男かな?」


 カリヤが面白がる様子で言葉を紡いだ。

 リーティアとて女だ。アシュロンはそういうこともあるだろうと思った。


 「気になるなあ。どうです、ちょこっとだけ後つけてみませんか?」


 カリヤが良からぬことを企んでいるようにウシシと笑った。


 「さすがにそれは趣味が悪いぞ」


 アシュロンが咎めるように言った。


 「でも、気になるッス。兄さんも気になりません? 姐さんの相手がどんな男か」


 カリヤに同意するように若い傭兵達も口々に声を上げた。若い傭兵達はリーティアの恐ろしさを知らないためか、乗り気になっていた。

 アシュロンは大きくため息をついた。


 「どうなっても知らんぞ」






 アシュロン達がリーティアを尾行し始めて、随分と経った。

 繁華街の喧騒は既に遠くなっており、周囲は静かな住宅地になっていた。石造りの平屋が並ぶ通りをアシュロン達は歩いていた。


 アシュロン達の視界にはリーティアの姿はない。ぞろぞろと尾行すれば流石にリーティアも気づくだろう。そのことを考慮してか、カリヤが若い傭兵達の中で、はしっこい者を選んで、斥候に出していた。


 このカリヤという男は、人をまとめる才があるらしい。

 この男のどこに魅力があるのかアシュロンには分からなかったが、若い傭兵達の中心人物であることは確かだった。

 今は実力が足りないが、案外こういう人間が新しく傭兵団を作り出すのかもしれないとアシュロンは思った。


 「ずいぶん静かな所まで来ちまったッスね」


 カリヤが周囲を見回して、呟いた。

 アシュロン達が歩みを進めるにつれて、建物自体が少なくなってきた。

 都市の外壁内部だというのに、これほど敷地に余裕がある所はそうない。考えられるのは普段はあまり人が近づきたくない場所ということだ。そう例えば、墓地などである。


 「墓参りッスかね?」


 カリヤは周囲に転々と据えられた、墓石に視線を巡らせていた。


 「もう帰らないか?」


 アシュロンは他人の墓参りを邪魔するような無粋な事はしたくなかった。そのため、カリヤ達に尾行の中止を提言した。


 「そうッスね」


 カリヤも思うところあるのだろう、アシュロンの提案に賛意を示した。

 一本道の途上でアシュロン達が立ち止まっていると、斥候に出ていた若い傭兵が帰ってきた。


 「なんか、姐さんあの建物の庭で子供と遊んでます」


 斥候に出ていた若い傭兵が、周囲を木々と壁に囲まれた大きな平屋の建物を指差した。建物は周囲に広がる墓地の一区画にポツンと建っていた。


 「墓参りじゃないんスかね? ちょっとだけ覗いてみませんか?」


 カリヤが皆に提案した。


 「俺はここで待ってる。行きたかったお前らだけで行ってこい」


 アシュロンは道の端に寄って、腕を組んだ。

 カリヤ達はすこし悩んだものの、結局様子を見に行くことにしたらしい。アシュロンはそれを止めることはしなかった。





 カリヤは壁に隠れて、建物の外門から中の様子を伺った。


 大きな平屋の建物の前には、これまた広い庭が広がっていた。家庭菜園の類だろうか、庭の一角には地面から大きな葉のついた蔓が延びていた。

 しかし、人気は全くなかった。


 「誰もいないぞ?」


 カリヤが首だけ後ろに向けて、斥候に出した若い傭兵に言った。


 「あれ?さっきまでい、た……」


 若い傭兵はカリヤの後ろを見つめながら、言葉を途中で詰まらせた。その視線はカリヤの背後に注がれていた。他の若い傭兵達も同じようにカリヤの背後を凝視していた。

 カリヤは嫌な予感とともに、まるで油の差されていない歯車がゆっくりと回るように、正面に目を向けた。

 カリヤの目の前には、どこから現れたのか、満面の笑みを浮かべたリーティアが腕を組んで仁王立ちしていた。


 カリヤは小さくかわいい悲鳴を上げると、尻餅をついた。


 「お前ら度胸あるんだな。私が尾行に気づかないとでも思ったのか?」


 リーティアは笑みを浮かべたまま、若い傭兵達を見回した。


 「お前らだけか?」


 リーティアは傭兵達に質問した。声は穏やかだが、有無を言わせぬ凄みがあった。


 「いや、あの、その……」


 カリヤはしどろもどろになりながら、何とか言い繕う試みをした。


 「もう一度言うぞ?お・ま・え・ら・だ・け・か?」


 リーティアは確実に相手に伝えるためか、それとも脅しかけているのか、言葉を一音節毎に区切って発音した。

 リーティアは笑顔のままだったが、もはやカリヤには抗う術はなかった。

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