第二話
帝国の南に位置する半島は帝国の領土ではない。帝国と同じ言語圏に属する地域だったが、いまだに独立を保っていた。
半島は幾つもの都市国家が乱立する地域で、今なお戦乱が続いていた。
かつて、帝国の拡大期にこの地を手中に収めようと、帝国が軍を派遣したことがあった。しかし、帝国の動きに呼応する形で、それまで分裂していた国家群が一致団結し始めた。
それだけであったら、帝国が強引に侵攻すれば、半島を手中に収めることもできただろう。だが、帝国の侵攻に対して、第三国から待ったがかかった。その第三国とは島嶼商業連合であった。
半島は島嶼商業連合と西の地域を結ぶ海洋交易の拠点であった。帝国が内陸部に進出することには目を瞑っていた島嶼商業連合も、自分達の権益が侵されるとあっては、黙っていない。
数度にわたる会談を経て、大国同士の決定的な戦争は避けられた。そして、帝国は表向き半島地域に進出することを諦めた。しかし、それは表向きであって、裏側では事情が異なる。
帝国は飴と鞭を使い分けて、半島の付け根に位置する国家群の中に、親帝国派を作り上げた。建前上は支援であるが、実質的には自陣への取り込み工作だった。
島嶼商業連合も負けておらず、半島の突端部の貿易港を中心に、親島嶼商業連合派を作り上げた。
そして、二つの大国に従わない独立派の勢力が半島の中央西部を抑えた。
こうして大まかに三色に塗り分けられた半島は、終わることのない戦乱を延々と続けていた。救いがたいのは、同じ色で分けられた都市国家同士でさえも争っていることだった。
帝国は建前上、親帝国派を支援したくても半島地域に軍を送ることができない。そこで、何が使われるのか。そう、帝国出身の傭兵だ。
帝国の傭兵には主な稼ぎ場が三つある。
一つに、帝国本土でのキャラバン護衛や用心棒の類で、これは危険が少なく見返りも少ない。二つに、帝国辺境での仕事で、これは危険がほどほど見返りもほどほど。三つに、半島での仕事で、これは危険が大きいが報酬もずば抜けていた。
半島の付け根に位置する都市国家キリイタは、その都市の規模に見合わない傭兵をその身の内に抱えていた。
厳しい顔つきの男が道々を歩いている。なかには、顔に大きな傷痕を残す男もいた。彼らは一様に武装しており、漂う空気も張り詰めていた。
アシュロンは都市キリイタを歩きながら、懐かしい匂いを感じた。長い間、その身を置いた戦場の匂いだ。
かつて北部辺境で僅かに思い出した匂いが、アシュロンの体中を駆け巡っているかのようだった。
アシュロンは、アルドニアの山地に捨て置いてしまった金棒のかわりに、新しい武器を探していた。旅の間は、護身用にショートソードを身に着けていたが、その武器だけで戦場に赴くのは、心許無い。
アシュロンは鍛冶屋街を歩きながら、手近な店を物色していた。さすがに戦続きの土地だけあって、品揃えは申し分なかった。軒先に見本品として並べられているのは、直剣ばかりでなく、曲刀や短槍、メイスなど一般的な武器は大抵そろっていた。中には、アシュロンには使い方の分からない武器もあった。
アシュロンはその中の一つに目を引かれた。
大きさからして、片手持ちだろう。持ち手が金属で出来ており、先端部に鎖で繋がれた幾つもの棘付きの錘がぶら下がっていた。それはフレイルの一種だった。用途としては軽装備の相手だけではなく重装備の相手にも効果が見込まれる。しかし、軽装備の相手にも当たりさえすれば、絶大な破壊力をもたらすだろう。
アシュロンはそのフレイルを手に持ってみた。体の芯に響く重さが、アシュロンの手に馴染んだ。
店番をしていた店員は、アシュロンに口を挟まなかった。傍目からみればアシュロンは歴戦の傭兵であったので、小言を言うまでもないと思ったのだろうか。
アシュロンはフレイルを構えてみた。しかし、どこかしっくりこない。アシュロンは、何かが足りないと思って、左手を見た。
かつて手にしていた金棒は両手持ちの武器だった。本来ならアシュロンとしても同じ武器が欲しかった。しかし、あの金棒は特注の上に、非常に高価な武器なのだ。使われている金属量からも分かるとおり、一般的な直剣の数倍の値段がした。そのため、仕方なく店売りの武器から選んでいたのだ。
アシュロンは左手を握ったり、開いたりした。そして、その目線を店の壁に向けた。
店の壁には大小さまざまな盾が立てかけられていた。腕に括り付ける小盾から、身を覆い隠すほどの大盾まで、形も円、長方形、逆三角と様々だった。
アシュロンは長方形の大盾を手に取った。
アシュロンにとって、その大盾自体の重さは大したことなかったが、明らかに動き辛かった。そもそも、そういった大盾は隊列を組んでこそ真価を発揮するものだった。
つぎに、アシュロンは持ち手のついた円盾を手にした。
腕に固定するのではなく、盾の裏側中央に持ち手のついたタイプだった。材質は木材と金属の組み合わせであり、見た目に反して重たかった。だが、アシュロンにはしっくりときた。
アシュロンはしばらく似たような構造の武器と盾を取替えたり、構えたりしながら、最後には、最初に手にしたフレイルと円盾の組み合わせを購入した。
二つの武具はそれなりに値は張ったが、ニフィムの達の護衛依頼で手にした報酬の半分程で済んだ。
アシュロンは少なくなってきたサイフの中身を確かめながら、店を後にした。
整地された砂地の上で、男達が武器を振るっていた。男達が手にしていたのは木刀で、それは明らかに練習用だった。
砂地からそれほど離れていない場所では弓の練習をしている者もいた。腕前は人それぞれで、放つ矢すべてを必中させる凄腕もいれば、五本に一本あたれば良いという腕前の者もいた。
アシュロンは練習を続ける傭兵達を眺めながら、敷地を歩いていた。
ここはキリイタの郊外。幾つかある傭兵団の屯所の一つだった。
アシュロンの姿を遠くから見咎めた例の女傭兵が、大股歩きでアシュロンに近づいてきた。
「結局、こっちに来たのかい」
リーティアが何処となく嬉しそうな表情で何度もアシュロンの肩を叩いた。大きな音を鳴らして叩かれる肩は、その音の大きさを考えればアシュロンの肩に痛みを伝えているだろう。
アシュロンは煩わしそうに、リーティアの手荒な歓迎を押し留めた。
「ノモスはいるか?」
アシュロンの質問にリーティアは練兵場の傍に建てられた平屋を指差した。
「団長ならまだ寝てる。無理に起こすと暴れるぞ」
リーティアがやれやれといった表情を浮かべた。
アシュロンはリーティアの警告を無視して、教えられた部屋の前に立った。
部屋の主は、太陽が中天に差し掛かろうというのに、外まで響く大イビキを鳴らしていた。
アシュロンは断りの文句とともに部屋の扉を開けた。
部屋は整理のせの字もないほどに散らかっており、書き掛けの書類や、酒瓶が転がっていた。最後に掃除をしたのは何時なのか、書棚には分厚い埃が積もっていた。そして、中央の執務机に、座ったまま眠っている男がいた。
アシュロンが執務机に歩み寄ると、一瞬イビキが止まり、そして、何事もなかったかのように再びイビキが聞こえ始めた。
「おい、ノモス。起きてるんだろ? 下手な芝居はしなくていいぞ」
アシュロンが腕を組みながらノモスの様子を眺めていると、ノモスが気だるげな様子で片目を開いた。
「アシュロンか?」
ノモスは座ったまま、盛大にため息をつくと、そのまま体を解すように伸びを始めた。そして、欠伸交じりに言葉を続けた。
「どうした? またこっちで仕事する気になったのか?」
ノモスの言葉にアシュロンが首肯した。
「あの鬼女を募兵に行かせると、決まってひよっこばかり連れて来るんだが、今回は悪くないな」
ノモスは、だるそうに立ち上がると、飲みかけの酒を一息に呷った。
アシュロンは腕を組んだまま、ノモスの様子を眺めた。
ノモスはアシュロンより一回り年嵩で、壮年の男だった。体躯は引き締まっており、背は並といったところか。なにより特徴的なのは、ノモスの額に走る一条の傷痕だった。
「こっちの景気はどうなんだ?」
アシュロンは埃っぽい部屋の空気に顔を顰めながら、ノモスに聞いた。
「そこそこだな。大口が一件、小口が、まあ、いくつかってとこだな」
ノモスはつまらなそうに答えを返した。そして、執務机を大回りにして、アシュロンに近づくと、アシュロンの顔を見つめた。
「なんかお前、以前に比べて締りの無い顔してんな。腕の方は鈍っちゃいないよな?」
ノモスは自分の事を棚に上げて、アシュロンを批評した。仮にも傭兵をまとめる者として、何か感じるものがあったのかも知れない。
「自分ではわからないな」
アシュロンは率直な気持ちを伝えた。アシュロンは、ここ数年、キャラバン護衛などで稼いでいたため、以前に比べれば腕は落ちたかもしれない。
「試してみればわかるだろ」
ノモスは部屋の入り口を顎で示した。
部屋の入り口には二人の様子が気になったのか、リーティアが覗き込んでいた。そして、部屋の外には訓練を続ける傭兵達の姿が見えた。
アシュロンは巧みに繰り出される眼前の木刀を、なんとか捌いていた。
アシュロンに相対しているのはノモスだ。先ほどまでの気だるげな様子は消え去り、歴戦の戦士を彷彿とさせる佇まいを、その構えからかもし出していた。いや、その物言いはノモスに対して失礼かもしれない。ノモスは紛れもない歴戦の戦士なのだ。
周囲で訓練していた傭兵達も、二人の試合が始まると、その手を休め、珍しそうに眺めていた。
アシュロンはノモスが放った袈裟切りを、強引に弾いた。しかし、反撃しようにも、ノモスは隙を見せなかった。
「やっぱりお前、腕が落ちてるぞ」
ノモスは試合中にも関わらず、余裕の表情でアシュロンを評価していた。
アシュロンは、扱いが得意ではない木刀とはいえ、確かに自身の力不足を感じていた。アシュロンとて剣についても基礎的な修練は終えている。それでも、ノモスには到底敵いそうもなかった。
しかし、だからといって、アシュロンにも試合を放り出すつもりはなかった。
アシュロンが力任せに上段を放った。振り上げ、振り下ろす。単純な動作であったが、アシュロンの能力をもってすれば、驚異的な一撃になるはずだった。
しかし、ノモスはその上段さらりと受け流した。
周囲の傭兵からは驚きの声が上がった。
半端な技量ではアシュロンの力に押し負けてしまっただろう。しかし、ノモスはそれを難なくこなした。
「力に頼るところは変わらないな。確かにそれはお前の長所だが、過信すると危ないぞ」
ノモスが話を続けながら、木刀を繰り出した。
そして、大きな攻撃を逸らされたばかりのアシュロンは、木刀を握っていた腕に、一撃を受けてしまった。
アシュロンの意志に反して、木刀が地面に零れ落ちた。そして、それが終わりの合図であったかのように、周囲で歓声が爆発した。
「負けたか」
アシュロンが肩を落として呟いた。
ノモスが木刀を肩に乗せながら、難しい表情をしていた。
「悪くはないが、昔に比べて弱くなったな。こんな、ままごとじゃ正直測りきれないところもあるが、しばらくは様子見したほうがいいぞ。勘を戻すってやつだな」
ノモスがアシュロンに諭す様に言葉を紡いだ。
アシュロンはノモスの言葉を聞きながら、痺れる腕を解していた。すると、試合を観戦していた傭兵達の一部が騒ぎ始めた。
騒ぎの中心にいるのは、かつてアシュロンとリーティアが再開した際に、連れられていた傭兵達だった。彼らは兵役を終えて傭兵になったばかりだろうか、若い青年達だった。
年若い傭兵達を宥めているリーティアが、困ったようにアシュロンとノモスに視線を向けた。
「俺だってまだ手合わせしていなのに」
年若い傭兵達の中心、目つきの悪い傭兵が、大声でがなり立てていた。彼らの主張するところ、昔なじみとはいえ、突然表れたアシュロンだけがノモスと試合した事が納得できないらしい。
リーティアは、何故か新米に甘い顔を見せるところがあった。同じように騒ぎ立てるのが経験を積んだ傭兵だったら、殴り飛ばして黙らせるところだが、ひよっこ相手には手を出さなかった。
ノモスは事態を面白がるような表情を見せた。そして、年若い傭兵達に、アシュロンと試合して勝てたら、その時は相手をすると伝えた。
ノモスの言葉に、年若い傭兵のうち、何人かが前に進み出た。
アシュロンは腕の痺れが取れたことを確認して、彼らに対峙するように構えた。
「面倒だから、お前ら一度にかかってこい」
アシュロンが言葉を言い終えると、年若い傭兵達は鼻息荒く、アシュロンに向かって走り出した。
アシュロンは、時折青あざのついた腕を擦りながら、暖かいスープを匙で掬っていた。スープには練った麦粉だろう、団子状の白い塊が野菜と共に煮込まれていた。
アシュロンの真正面には、体中に痣を作った年若い傭兵達が座っていた。昼間、アシュロンに叩きのめされて口を切ったのか、スープを口にするたびに、小さな悲鳴を上げていた。
アシュロンは強い。雑兵相手なら囲まれない限り負けないだろう。そして、ノモスはもっと強い。ノモスはアシュロンより十年は余分に経験を積んでいた。それも戦乱の続く半島でだ。
年若い傭兵達は自分の実力を理解していなかった。若さゆえに陥りがちな万能感から、アシュロンに試合を挑んだが、こてんぱんにやられてしまった。
そして、戦いを生業にする者にとって強さとは憧れの対象になり得る。年若い傭兵達はアシュロンの実力を知って、アシュロンに対して敵意ではなく親愛の情を抱いた。
「それにしても兄貴は強いッスね」
アシュロンの対面に座る目つきの悪い傭兵が、アシュロンを煽てると、周囲の年若い傭兵達からも賛同の声があがった。
目つきの悪い傭兵は名をカリヤといった。どうやら年若い傭兵達の中心人物らしい。
アシュロンはカリヤのお世辞に苦笑いしながらも、悪い気はしなかった。
「お前達は傭兵になったばかりなのか?」
アシュロンがスープを口に運ぶ合間に聞いた。
「そうッス。傭兵になってまだ半年ぐらいッスね」
カリヤが答えると、傭兵達も口々に自身の傭兵歴を語った。多くのものが傭兵になって一年を経ていなかった。
年若い傭兵達は、自分たちの未来に希望や野心を抱いているのか、明るい表情が多かった。
アシュロンはその様を見て、かつての自分を思い出した。そして、一瞬沈んだ表情を浮かべた。彼らのうち何人が生きて半島を後にできるだろうか、と。
半島での仕事はその危険度に応じて、幾つかに分類できる。比較的安全なのが、都市国家同士の小競り合いに参戦することで、その場合の死亡率は低い。次に挙げられるのが親帝国派と半島の独立派同士の戦いで、戦闘が大規模になるため、その死亡率も上がる。最も危険なのが親島嶼連合派との戦いで、この場合相手側には島嶼連合出身の傭兵団が参戦する。
半島の都市国家がそれぞれに有する軍事力は、都市の人口によって変化する。帝国とは異なり、多くの場合、臨時に徴兵された市民が碌に訓練もされずに出てくる。そのため、帝国で兵役を終えた者しかなれない帝国出身の傭兵に比べると、全般的に弱い。しかし、島嶼連合出身の傭兵が相手となると話が異なる。
アシュロンは年若い傭兵達の未来を案じながら、殆ど空になったスープの椀から、最後の団子を掬い上げていた。しかし、団子がアシュロンの口に入ろうかというその時、アシュロンの背に大きな衝撃が走った。
途中まで掬い上げられていた団子が、その勢いのせいか、アシュロンの手元から放物線を描いて、宙に浮かんだ。そして、アシュロンの対面に座るカリヤの顔にぶち当たった。団子は冷め始めていたので、カリヤはどうにか火傷せずに済んだ。
「ぶわっしゅ。いきなりなにするんスか」
カリヤが大業な仕草で顔を拭った。団子は煮込まれていたためか、思いのほか柔らかく、カリヤの顔中に飛び散っていた。
「勢いつけすぎたかな?」
アシュロンの背後から陽気な女の声がした。
アシュロンが飛んでいった団子の最後を見届けていると、衝撃の原因がアシュロンの隣に座った。
案の定、リーティアだった。
「姐さん、勘弁してくださいよ」
カリヤが飛び散った団子の残骸を拭き取りながら言った。
リーティアはそれを聞いて笑いながら謝った。
「毎度のことだが、もうちょっと淑やかにしてくれ」
アシュロンがリーティアに小言を言った。
「淑やか?お前はいつも変わらないな。私にそんなこと言うのはお前だけだよ」
リーティアが笑顔で答えた。
ようやく後始末を終えたカリヤが、アシュロンの言に同意するように無言で頷いていた。周囲の年若い傭兵達も同様の仕草を見せた。
「姐さんは遠くから見てる分にはいいんですけどね」
カリヤが何を思ったのか、小声で呟いた。幸い、リーティアの耳には届いていないようだった。届いていたらどうなっていたか。
「なんにせよ、お前らが仲良さそうでよかったよ。やっぱり傭兵なんてのは、一度試合でもするとわかるもんかね」
リーティアが微笑みながら、アシュロンと一緒に食事をしていた面子を眺めた。




