第二十一話
アシュロンとニフィムの行方が分からなくなってから半月ほど経過した頃。都市マラザンの、ガルとナーニェが投宿していた宿に、ジュドーが息を切らせながら走りこんできた。
ガルとナーニェは手慰みにカード遊びに興じていた。
ナーニェは落ち込んだ様子ではあったが、ガルの励ましもあってか、かつての様な悲惨な様相からは回復していた。
「来ました!連絡来ましたよ!」
宿に走りこんできたジュドーが、息を切らせながら、わめき立てた。
ガルは手にしていたカードをポケットに仕舞い込むと、席を立って、宿屋の親父に水を一杯持ってくるように頼んだ。
ジュドーは息を大きく乱しており、荒い呼吸で、途切れ途切れに何かを伝えようとしていた。
「とりあえず落ち着けよ。ほら」
ガルがそういって、親父から受け取った水をジュドーに手渡した。
ナーニェは期待と不安に満ちた瞳で、固唾を呑んで、ジュドーの言葉を待ち焦がれた。
ジュドーは水を一息に飲み干すと、息を整えて話し始めた。
「アシュロンさんから連絡が来ました。どうやらワルド湖の村落にいるみたいです。ニフィムも一緒です」
ガルは不思議そうな顔をした。
ガルは、アシュロンから連絡が来るにしても、奴隷反乱が鎮圧されてからのことと考えていた。それに加えて、アシュロン達が既にアルドニア自治領を離れていると聞いたためだった。それも直接道の通じていない湖沼地帯にいるという話だった。
「なんでまたそんなところに」
「詳しくは伝え聞いてないので分かりませんが、とりあえず無事でよかったですね」
ジュドーがナーニェに微笑みかけた。
ナーニェは突然立ち上がり、ガルの背中に抱きついた。
「よかった。本当によかった。あなたの言葉を信じて」
ガルは戸惑いながらも、ナーニェを引き剥がそうとしたが、ナーニェの力は予想外に強かった。
「それで、こっちに向かってるのか?」
ガルは面倒になって、そのままジュドーに向き直った。
「どうやらアシュロンさんが軽い怪我をされたみたいで、こちらから連絡があり次第、出発するようです」
ジュドーがナーニェをチラチラみながらガルの問いに答えた。
「迎えにいきましょう!」
ガルに抱きついたまま、ナーニェが力強く言った。
「そう焦るなよ。行き違いになったら面倒だろ?もう少しの辛抱さ。それまでおとなしくしてようや」
「わかり、ました。あなたがそう言うなら」
ガルが諭すようにナーニェに語りかけると、ナーニェしゅんとなった。
ジュドーは二人の仲が、いつのまにか親しくなっていることに気づいた。以前であれば、ナーニェはガルの言を受け入れなかっただろう。
それに、ナーニェはガルに抱きついていた。物理的距離というのは往々にして心理的距離とほぼ同義だ。心を許していないものに人は触れたりはしない。
ジュドーはジトッとした目で二人を見た。その視線に気がついたガルは、今度こそは強引にナーニェを引き剥がした。
引き剥がされたナーニェは自分のはしたない行いを恥じたのか、その頬を赤く染めた。 そして、ナーニェの表情は、さらにジュドーの心を深く抉った。ジュドーは、心の中で、想像上の自分が吐血している様を思い浮かべた。吉報を持ってきた自分に、美しい異民族の少女が、靡いてくれるかもしれないという淡い期待は、ガラスの如く砕け散った。
「ちょっと外出てくる」
そんなジュドーの気持ちを知りもせず、ガルが颯爽と二人を残して宿を出て行った。
残されたジュドーとナーニェは気まずい空気の中、互いに作り笑いを浮かべていた。
都市マラザンを囲む外壁。その屋上で、ガルが壁に施された矢狭間にもたれ掛っていた。
時折、見回りの衛兵が訝しそうな視線をガルに向けていたものの、稀に外壁に上る物好きな市民がいることも事実なので、誰何の声もなく、巡回路を歩いていった。
都市に吹き付ける西風が、ガルの色素の薄い髪を揺らしていた。
ガルの視線の先には遠く霞む山々が見えた。アルドニア自治領を囲む山々の一端だろう。
そして、その山々に向かって、帝国軍の軍列が延々と続いていた。
軍列の兵士は百人ほどを一塊にして。北東の街道を進んでいた。彼らの肩にかかる長槍が、彼らをまるで、ハリネズミの集団のように見せた。
ガルは吹き付ける秋風の冷たさに、両手をポケットに仕舞い込んだ。ガルのそれぞれの手に、絶えず身に着けている磨り減った金貨と、先ほどまで興じていたカードの感触が伝わった。
ガルは何を思ったのか、ポケットから三枚のカードを取り出した。
三枚のカードに描かれていたのは、王冠、剣を持った奴隷、そして兵士だった。
「カード遊びだと剣を手にした奴隷は王冠に勝つんだがな……。現実は厳しいわな」
ガルが手にしている三枚のカードの関係だけを見れば、奴隷は王冠に勝ち、王冠は兵士に勝ち、兵士は奴隷に勝つ。本来のゲームには、これに市民、神官、商人が加わるはずだが、ガルの手には今それらのカードはない。
高所のせいか、季節のせいか、風が一層の冷たさを増して、ガルに吹き付けた。ガルは身震いをしたあとに、カードをポケットへ仕舞い込むと、外壁を後にした。




