第十四話
風が吹くたびに、黒ずんだ砂埃が闘技場を舞っていた。
どれだけの血を大地に染み込ませれば、そのような色合いの砂になるのだろうか。
数え切れない人間の血を染み込ませた大地は、今また新たな餌食を求めていた。
ガル達は闘技場での試合を観戦していた。
ガル達が到着した頃には、闘技場の熱気は既に高まりを見せていた。今日だけで、既に何人もの命が散らされたのだろう。
試合を見ている客達は、しきりに野次を飛ばしたり、歓声を上げていた。
「あんまりおもしろくないな」
ガルがつまらなそうに試合を眺めていた。
ガルの視線の先では、二人の剣闘士が舞台で戦いを繰り広げていた。
「そうですか?賭ければおもしろいですよ。あっ、おしい。あー、あれじゃだめだ」
アーランはガルに相槌を打ちながら、試合に対して講評を加えていた。一方、ガンツは黙々と試合を目で追っていた。
剣闘士同士の戦いでは、相手に降参させれば勝利となる。しかし、刃を潰しているとはいえ、相手を打ち倒すつもりで戦えば、自ずと死人も出てしまう。しかし、観客の多くはそういったハプニングを望んでいることも事実だった。
「おおっと。お、うまい」
片側の剣闘士が相手の剣をうまい具合に撥ね上げて、剣を遠くに弾きとばした。武器を失った側はどうやら降参したようだ。
「なんか想像と違ったわ。お遊戯みたいだな」
ガルががっかりしたように、アーランに言った。
ガルの言を聞きつけた周囲の客はその無作法な物言いに眉を顰めたり、睨んだりした。 しかし、近くの席に座っていた老人は自身ありげな様子でガルに忠告した。
「お若いの、闘技場は初めてかな?まだまだここらの賭け事は前座に過ぎんよ。そろそろだ。そろそろ」
老人が、舌なめずりでも始めそうな気配で言葉を告げると、時を同じくして、闘技場の端で楽隊が太鼓を叩き出した。太鼓に合わせて、銅鑼が鳴らされると、闘技場の舞台に身奇麗な男が現れた。
「みなさま、長らくお待たせしました。これより本日のメインイベント、真剣による集団戦を行います」
司会役らしき男が、闘技場の全てに響く声を張り上げた。男の声は観客のざわめきにも関わらず、不思議と良く通った。
「西より出でたるは、アルドニアに、いや帝国全土にその名を知られた剣闘士集団。天狼戦士団!」
司会の男は、所々で抑揚をつけたり、長音挟んだりした独特な口上を行った。
闘技場の舞台に続く西門が開かれると、特色のある武装をした一団が現れた。彼らは一様に狼を模った鉄兜を身につけており、その表情は見えない。人数は十人。兜以外の防具はバラバラで、身軽な軽装鎧の者もいれば、鈍重そうな金属鎧の者もいた。加えて、軽装な者でも、手袋などで素肌が一切見えないようにしていた。武器は剣やメイス、斧に短槍といった近接戦闘を主体としたものばかりだ。そして、その足取りは強い自信に満ち溢れていた。
この剣闘士の一団が現れると、観客席から大地を振るわせるかのような歓声が上がった。時折、男性の声に混じって、女性の黄色い声援さえ送られた。
「なんか凄そうなの出てきましたよ」
アーランがガルに言った。
ガルは目を細めて、舞台に現れた剣闘士達を観察した。それぞれが、それなりの使い手に見えた。しかし、その中でも、集団の端にいる戦士は、一見すると際立った特徴がないように見えたが、ガルの勘が何かを告げていた。
「あの端にいる長剣の奴。あれ、ヤバイぞ」
「あれですか?別に普通に見えますけど」
アーランはガルの言葉に納得できなかった。こればかりは経験の差としか言えないのかも知れない。
「お若いの、口ばかりと思っとったが、どうやら見る目はあるようだ。あの方こそ天狼戦士団の長、天狼そのひとよ」
老人がしたり顔で解説を加えた。
老人の解説を聞いたアーランが、感心したようにガルを見つめた。ガンツも同じ気持ちだったらしく、眉をぴくと動かした。
剣闘士の一団が舞台中央に集まると、司会役が対戦相手の紹介を始めた。
「東より出でたるは、遠く海の彼方よりこの地を訪れた、島嶼出身の戦士達!」
司会役は戦士という言葉をつかったが、要するに島嶼商業連合から売られてきた奴隷達の事だった。
東門から現れた奴隷達は、見栄えを考えられてのことか、屈強な男達ばかりではあったが、その足取りは重かった。武装した闘技場の係員に、門から押し出されるように出てきた彼らは、人数にして剣闘士達の三倍はいた。
奴隷達の装備は一様に皮鎧であり、手にした武器は剣のみだった。中には兜を被ったり、盾を手にした者もいたが、明らかに、その扱いに慣れていない者達が大部分だった。
ガルはその集団を見て、内心この演目の残酷さを悟った。形式上は剣闘を装っているが、観客は剣の技量を求めているのではない。ただ凄惨な私刑を望んでいるのだ。
そして、ガルには奴隷達の参加人数の多さにも検討がついた。始めから同じ人数では、奴隷に勝ち目が見えないため、戦おうとしないだろう。しかし、数に頼めばどうにかできるかもしれないと思わせることに、その意味があるのだ。
司会を務めていた男は島嶼出身の男達が舞台に現れると、そそくさと舞台の端に寄った。そして、司会の男が開始の合図を告げると同時に、銅鑼が大きく三度叩かれた。




