第十二話
アシュロン達は都市アルドニアで三日間の休暇を取ることにした。旅慣れていないニフィムとナーニェが疲れを見せ始めていたからだった。
「アルドニアって言ったら、闘技場だろ?誰か一緒に行く奴いるか?」
陸運商会の支店、その一室でガルが陽気な声で提案した。
「俺は、一度行ったことがあるから遠慮する」
アシュロンはガルの誘いに乗らなかった。
アルドニア自治領の闘技場といえば、観光と娯楽の名所だった。アルドニア自治領の三つの大都市には、それぞれ数千人の観客を収容することができる闘技場が建設されていた。それらの闘技場では数日おきに、賭け剣闘や賭け拳闘が催され、中には猛獣を相手取った戦いや、数十人規模の乱闘形式の催しも行われていた。
アルドニア自治領で剣闘士とは、最も名誉ある職業の一つでもあった。
かつて自治領となったばかりのアルドニアでは、民衆の不満を逸らすために、闘技場が大いに役立った。アルドニア自治領出身の戦士が、異国の戦士相手に勝利を収める姿は、人々の胸に燻っていた不満を和らげ、溜飲を下げさせる効果があった。
帝国の拡大期においては、帝国でも闘技場で盛んに血なまぐさい催しが行われていたが、安定期を迎えた帝国は、その風習を取りやめた。これには帝国中興の祖と呼ばれる賢帝の意向が働いたと言われている。
帝国が取りやめた風習ではあったが、アルドニア自治領では今でも続けられていた。そして、帝国で取りやめられたからこそ、この地の闘技場は絶大な人気を誇っており、アルドニアの税収の一助を担っていた。
戦乱が過去のものとなり、平和と繁栄の時代だからだろうか。それとも、人間の本質だからだろうか。見世物としての戦いは、一部の熱狂的な者達に支えられ、帝国全土から人を集めることのできる観光資源となっていた。
闘技場はアルドニア自治領の目玉ではあるが、アシュロンにとって、ガルの提案は余り気乗りのしないものだった。純粋な剣闘士同士の戦いならまだいいが、剣奴達が望みもしないのに殺し合いをさせられている光景は、アシュロンにとって気持ちの良いものではなかった。
ガル自身は純粋な娯楽としてよりは、武張った生き方をしている人間として、なにか自分の足しになるかと考えての提案だった。そして、以前アルドニアを訪れた時は、闘技場を見に行かなかったという理由もあった。
アシュロンとは異なりガルの提案に同意した者が二人いた。護衛の正規兵として派遣された二人だった。
アシュロンはふと、護衛の仕事はいいのか、とも思ったが、正規兵の二人は街中でまで少年少女に引きついて回るつもりはないらしい。柔軟な思考の持ち主といえば言葉は良いが、それで大丈夫なのだろうか。
陸運商会の二人は支店での書類仕事があるようだった。ジュドーが恨めしそうな目をしながらメナドに引っ張られていった。
ニフィムは闘技場での催しに魅かれたようだったが、残念ながら成人でないものは観戦できないことになっていた。
ナーニェは当初から自室で休む旨を伝えていたため、ニフィムも一緒に休むものと皆が思っていた。
「アシュロンさんはなにをするですか?」
ニフィムがアシュロンに問いかけたのは、ガル達三人が部屋を出て行った後だった。
「俺か?そうさな、風呂でも行くかな」
「『風呂』?湯浴みですか?」
ニフィムの顔に疑問が浮かんだ。今日の予定を聞いたつもりが、湯浴みと言われて困惑しているようだった。
「ちょっと違うけど似たようなもんだな。付いて来るか?」
「いいですか?行きたいです、けど」
ニフィムはナーニェの顔を伺った。
ナーニェは難しい顔をしたが、ニフィムと北方異民族の言葉でやり取りをすると、最後には了承した。
「あなたを信用してニフィムを任せます。だけど、くれぐれも注意して」
ナーニェはアシュロン達に会ったばかりの頃の頑なさは、何時の間にか薄らいでおり、幾つもの小言を並べたものの、結果的にはアシュロンにニフィムを任せて、自分は部屋で休むことにした。
「おう、任された。とは言っても街中でそうそう危ない目には合わないさ」
アシュロンがナーニェに応えると、ニフィムは小さく喜ぶ仕草を見せた。




