第十一話
帝国はその広大な版図を力のみで勝ち取ってきたわけではない。帝国の方針は、従順な者には寛容を、抵抗する者には鉄槌を、裏切り者には死を、という三つが基本になっていた。そして、その寛容の象徴といえるのが、帝国に存在する六つの自治領だ。
自治領は、それぞれが元は独立国家であったが、帝国の拡大に際して、決定的な戦端を開く前に、降伏した者達の末裔である。自治領はそれぞれに特色が強く、一概に言葉では言い表せない。
だが、アシュロン達が訪れているアルドニア自治領を言葉で表すとしたら、傲慢という言葉が相応しいかもしれない。
アルドニア自治領は、元来、帝国よりも歴史の長い王国だった。帝国が大陸の南東部で小さな王国として興った時には、既に現在のアルドニア自治領全体を統治する領域国家だった。
アルドニア自治領は南北と西を峻険な山に囲まれ、東を海に面した天然の要害であり、仮に帝国と戦端を開いたとして、容易に打ち倒せない相手のはずであった。
しかし、時のアルドニア国王は、戦いを避け、帝国に従属することを選択した。詳細な経緯は伝えられていないが、結局、アルドニア国王とそれに連なる血筋は帝国の大貴族として迎えられ、現在も続くアルドニアの自治を任されたことから、アルドニア王の決断は賢明であったといえるだろう。
帝国と戦わずに従属を選択したことはアルドニア王には益があった。だが、臣下や民の一部には誇り無き行いであると不満を抱いた者達もいた。
戦えば勝てたかもしれない。我々の古き血統が負けるはずがない。アルドニアの誇りはどこへいった。
音に聞こえない不満はアルドニア自治領の人々の胸の内で燻り、長年消えることはなかった。
しかし、帝国が安定期を迎え、アルドニア自治領にも富がもたらされ始めると、そういった不満の大部分は消えた。そして、いつしか、かつての古王国を誇る気質だけが残った。 帝国に従属したはずが、いつしか帝国と対等であると思い込み、帝国中央以外を見下す。 他の地域の人間はアルドニア自治領の人間に対して、面と向かってその勘違いを指摘しない。精々、酒の話の種にする程度だった。
しかし、その傲慢ゆえか、はたまた古き伝統ゆえか、彼らの奴隷に対する扱いは、帝国の一般常識からはかけ離れたものだった。
アルドニア自治領の中心都市、アルドニア。自治領と同様の名前を冠したこの都市を、自治領の人々は頑なに王都と呼んでいた。
都市アルドニアはかつての古王国の栄華を示すかのように、都市の人口増大に従って幾重にもの拡張が繰り返された城壁と、広がる街並みが、見るものを圧倒する。
さすがに百万都市と言われる帝都には及ばないまでも、都市の人口は十万を軽く越えるだろう。
何処までも広がる街並みに、馬車の御者台に座っていたニフィムは圧倒された。これまで訪れたヘンペイの街や辺境の小都市はまだ想像の範疇だった。しかし、このアルドニアは、自分達の暮らしとは余りにも違いすぎた。
アルドニアの大通りには人波が途切れることなく続き、人の多さにニフィムは酔いそうになった。
「大丈夫か?」
アシュロンが心配そうにニフィムの背をさすった。
ニフィムは力なく返事をしたが、あまり顔色は良くない。
「馬車の中に戻るか?」
「ここでいいです」
ニフィムはぎゅっと拳を握り締めると、街並みを観察した。
海産物の干物だろうか、紐で縛られ、軒先に吊るされたそれを、商人らしき男が値踏みするように眺めていた。通りの反対側では麻袋に詰められた穀物を前にして、女が商店主に値切りを要求していた。取引がまとまったのか、女は、奴隷らしき小麦色の肌をした男に麻袋を背負わせると、店を後にした。
そういった商取引の光景がニフィムの目の届く限り延々と続いていた。
「すごい、ですね。おばあ様の言ってた通りです」
ニフィムは改めて感嘆の言葉を述べた。
アシュロンは帝都を訪れた経験があるし、アルドニアにも北部辺境に来る前に立ち寄っていたので、都市の規模は把握していた。ニフィムにしてみれば驚愕でもアシュロンにしてみれば知れた光景だった。
それにしても、アルドニアに着いてからジュドーの様子がおかしかった。緊張しきった様子で手綱を丁寧に操っている。その額には冷や汗が浮かんでいた。
「ジュドー、なんでそんなに緊張してるんだ?」
アシュロンが声を掛けた。
「やだなあ。緊張なんかしてませんよ。ただ、久しぶりなだけですよ」
ジュドーは返事をしたものの声が微かに震えていた。
これまでの旅程で、内部にまで馬車が乗り入れ可能な規模の都市はまだ訪れていなかった。アルドニアの都市内は人ごみで溢れており、時折、子供が飛び出したりするのでジュドーの緊張は、アシュロンにも理解できた。
ちなみに、正規兵の二人は徒歩で馬を引いて、馬車の後ろを歩いていた。
「メナドさ~ん」
ジュドーが視線を前に集中させながらメナドを呼んだ。
「はいはい、今行きますね」
馬車の仕切り布からメナドがひょこと顔を出した。薄くなった頭髪が仕切り布のせいで乱れて、地肌が覗いていた。
「すいません、この道であってますか?」
アシュロンはジュドーの発言に驚いた。そして、吹き出しそうになるのを堪えて、肩を震わせた。
「あー、はいはい大丈夫ですよ。この大通りを直進すれば支店が見えてきますから」
メナドは周囲の店舗を素早く確認すると、ジュドーを安心させるように言った。
「よかった。久しぶりで自信なかったんです」
ジュドーが安堵の声を挙げたのを聞いて、アシュロンが吹き出した。
「お前、大丈夫か?この仕事向いてないんじゃないのか?」
「そんなこと言わないでくださいよぉ」
ジュドーがアシュロンに消え入りそうな声で抗議した。




